4話 身辺整理
昨日までの嵐が嘘のように、カーテンの隙間から朝の日射しが部屋を照らし始めている。外では嵐の去った晴天を喜ぶかのようにすずめがチュンチュン歌っている。
いつの間に寝てしまったのだろう…。
仕事の制服、化粧もそのままで、ソファに丸まって寝てしまっていた明音は、寝ぼけ眼で時計を見た。
6時。
明音の起床は6時と決まっていた。職業病というのだろうか、どんなに夜遅くまで飲んでいても、疲れていても、次の日が休みであっても、目覚ましなしで6時に目が覚めてしまう体になってしまっているのである。
開店業務があるため、大抵8時には店に行かなければならない。
毎日朝の2時間は、30分ボーッとし、1時間で身支度と軽い朝食をとり、残りの30分で店に向かうのである。だいたい自転車を使うのだが、天気が良くない日は歩いたりバスを使ったりする。昨日は嵐の兆候がみられたため、たまたま徒歩だったが…。
明音は時計をみると、深い溜め息をついた。そしてテーブルの上に無造作に置かれた煙草に火をつけた。
いつの間にか寝たわりには、眠りは浅かった気がする。というより、たくさんの夢を見たせいで、余計に疲れがたまっている感じである。しかもかなりリアルな夢。昔の思い出。
昨日の切なさが明音にその夢を見させたのだろう。それにより、余計にふりほどけない柵となって、明音を強く縛りつけていた。
明音は一服吹い終わると、またソファに寝転んだ。
明日は休みかぁ…。
ボーッとしていると、なんだか吐気と強い頭痛に襲われた。風邪!?とも思ったが、それとは違うことは明音自身よくわかっていた。極度の不安や苦痛、切なさや愛しさ、色んな感情が沸き起こり、精神的に不安定になると、明音はいつもこうなるのである。
そして、対象がわからない何かに対して
「どうしよう…」と脅えるのである。
今日は仕事を休もう。
休んで整理しよう。
部屋も気持ちも何もかも。
そう決意すると、明音は店長に電話をかけた。
何があっても無遅刻無欠勤だった明音の突然の欠勤希望に、店長は異常なほど心配してくれた。
「大丈夫か?なんか届けるか?薬とか食べ物とか…」
「いえ、大丈夫です。ただ疲れがたまっているのかもしれません。明日も休みなのでゆっくり治します。」
「そうか…わかった。お大事にね。」
「ほんとすみません。ありがとうございます。」
そんなやりとりをし、電話を切ろうとしたその時、
「明音ちゃん、絶対戻ってきてな。明音ちゃんはうちの店に必要なんだから。」と店長が最後に付け加えた。
明音は店長のその優しさが嬉しかったが、正直に喜べない自分がいて、聞かなかったふりをして無言で電話を切った。
ごめんね、店長。
明音は正直もうこの仕事も潮時かなと感じ始めていた。
自分より若い子がたくさん増え、いつの間にか年輩になってしまった自分は、若い子に嫌がられ、怖がられ、一定の距離を置かれた存在になっている。一目置かれた存在だった昔の自分は、今じゃ壁を隔てられた孤立した存在に様変わりしていた。
店長は全てわかっていた。若い子の気持ちも明音の気持ちも。
その上で、明音を必要としてくれているのである。
でも明音はそろそろ限界だった。過去の栄光に縛られている自分も嫌だったが、それを打ち破るのもプライドが許さなかった。
そのため溝は埋まるどころか深まる一方で、もう成す術が見当たらないのである。
こんなにがむしゃらにこの仕事に打ち込み、固くなにプライドを守ってきたのは、
『お前は素晴らしい店員になる素質がある。みんなに幸せを与えられる魅力がある』
という信吾の言葉があるから。
でもごめん。
わたしにはそんな素質なかった。
わたしのやり方は間違っていたのかもしれない。
信吾の期待に応えられなかった。
明音は心の中でそう呟き、とりあえず身のまわりの全てを整理しようと決めた。
片付けよう。
そして家も引っ越そう。
仕事も探そう。
そう決意して、まず散らばっているゴミの片づけから始めた。