◆3話 明音の憂鬱3
雨脚は随分強くなってきた。時折黒い空に稲光が走り、雨音の合間から低い雷鳴が響く。
明音は重い足どりで家に辿り着いた。
店から2キロ先のマンションは通勤には多少不便だが、近くにスーパーやコンビニがあり、レンタルビデオ屋も徒歩5分。生活に必要なものは、近所で全て事足りる。
大学の頃から住み始めたマイホーム。もう8年になる。5階の501号室は、もちろんいつも真っ暗で、明音の帰りを静かに待っている。
鍵を開けると、いつもと変わらない暗い静寂に、廊下の光が射しこんだ。
「ただいま…」
誰もいない部屋に向かって、明音は呟いた。
明音は靴を脱ぎ、部屋に入った。
外の雨音と、吹き付ける風でガタガタ震えるベランダの音だけの部屋で、明音は電気もつけずにソファに寝そべった。
8年も経つ部屋は、色んなもので溢れかえっている。昔は
「まだ若いのに家庭的な家」とよく言われた部屋も、仕事に追われた日々の中で、いつの間にか手の施しようもないほど散乱し、泥棒が入ってもわからないほどである。
部屋には、去年昔からの友達が一度来たきり。あとは新聞の勧誘や宅急便のおじさんが来るくらい。
誰も人が来ない家なのだから片付ける必要がないのである。
部屋の暗さと静寂は、いつもと少しも変わらないのに、今日はいつになく明音の心を強く締めつけた。
「信吾……かぁ……。」
さっき帰り道でうっかり呟いてしまった
「信吾」という言葉によって、今まで封印していたはずの想いがこみあげてきた。
―今何してるのかな。
思い立った明音は、鞄の中から徐に携帯を取り出し、画面を開いた。暗闇に白い明るい光が明音の手から浮かび上がる。
番号もメールアドレスも残っている。誕生日も住所も全て3年前のそのまま。彼だけ変えてあった着信音は、もちろん当時流行った歌のままで、今では懐かしい歌特集なんかで耳にするものである。
その着信音は、もうあの日から鳴ることはない。
わたしが別れを告げたあの日から、もう決して鳴らない音である。
明音はメール送信画面を開き、彼のメールアドレスを入力した。
そして、件名に
「久しぶり」と打ったところで明音は思い止まり、携帯を閉じ、壁に向かって投げつけた。
もう忘れよう。