始まる合宿(日帰り)
夏休みの真っ盛り、茹だるような暑さの中、僕と彼は練習開始三十分前の競技場にいた。県大会で使った競技場に練習のために足を踏み入れるとは思ってなかった。
「先輩!何を呆けてるんですか?!もうすぐ練習が始まりますよ!気合い入れてください!」
「呆けてなんかない!それにまだ誰もいないしな……。」
会場に着いたのはいいものの、誰もいないトラックがあるだけで、何とも物悲しい。日向に居ると暑くてたまらないので、日陰でのんびり待っているのだ。
「無駄が多い生き方をしてますね!のんびりとか!そんなのは移動時だけで十分じゃないですか!」
「それじゃあこの状況で何をしろって言うんだ!下手に体力使って練習できないなんて嫌だぞ!」
「勉強……。」
「うっ……。」
「先輩はもう二年生後半に差し掛かるわけですが、勉学にも精を出すことをオススメしますよ。」
ぐうの音も出ない。最近いよいよ図に乗る彼に、良いようにしてやられているのだが、口論で勝てる気がしない。が、救いの神は舞い降りたようだ。
「やあやあ、待たせちゃったかな。」
コーチの登場だ。そして、後ろに従えているのは色とりどりのジャージ姿の男女達であった。
「先輩、見てくださいよ。錚々たる面々ですよ。」
「ああ、そうみたいだな……。」
正直に言えば知らない顔ぶればかりだが、彼が珍しく小声になるくらいだ。相当なものなのだろう。
「彼等は僕の教え子でね。今日から3日間、この合宿に日帰りで参加してもらうんだ。仲良くね。」
コーチが僕達について説明してくれている。各都県の代表者達はここで初めて僕達に興味を持ったようだ。上から下までなめ回されるように見られ、異口同音に「よろしく」の一言が投げられる。歓迎も拒絶も感じられない無機質な挨拶だった。どうやら僕達は、一瞬にして面白みを失ったらしい。
「よろしくお願いいたします!!この合宿においては異物ですが、皆さんの胸を借りさせていただきます!」
なんというか、我が後輩は流石であった。この切り替えの早さなら、ここに居る誰にも負けないだろう。彼の元気な挨拶に続き僕も手短な挨拶を済ませた。コーチの合図で各々がウォーミングアップを始める。
「おっと、今日の練習メニューを伝えていなかったね。」
と、コーチが僕達二人に呼び掛ける。
「今日のメニューはペースウォークだ。今更説明する必要はないかもしれないけど、一定のペースで歩き続ける練習だよ。ちょっと普段より早いから、君達は皆より少なめの距離だ。」
その言葉を聞いてショックを受けなかったかと言えば嘘になる。練習を途中で外されるのは、まだ競歩を始める前、周囲に貶されながら走ってた頃以来だった。
そんな僕の心情はお構いなしに練習は始まる。提示されたペースは僕の自己ベストとそう変わらないタイムだった。それを12000m。
「これは、できるのだろうか……。これが、ちょっと早い??」
「先輩先輩、何を呆けてるんです?練習始まっちゃいますよ。」
「お前はできると思うのか?このタイムで。」
「コーチができると思ったから、この練習を組んでくださったんだと思いますよ?先輩は違いましたっけ?だいたい他の人は20000mやるのに、何言ってるんですか。ほら、行きますよ。」
まったく敵わない。コーチの言う通りやれば強くなれると言ったのは、自分だったことを思い出させてくれる。彼なりの励ましなのだろう。
一度気合いを入れ直しグラウンドに立つ。五月から三ヶ月と少し、僕だって成長している。三ヶ月前の自分くらい越えられなくて、何が全国か。