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僕の後輩  作者: 御馳走
7/8

日帰り合宿とはなんぞや

数年放置してましたが再稼働です。

 涼しいと感じる日がなくなり、暑い日差しが照りつけるようになっても、僕らは燃えていた。常に先頭を歩いていた選手の背中を、追いかけるイメージをしながら練習していた。よく言っても完敗、優勝できると本気で思えるほど自惚れてはいなかったが、自分に勝ちたいと思いながら練習していた。その上で負ける事の悔しさを知ってしまった。試合の後も今まで感じたことがない悔しさだったが、時間が経つにつれ、胸を締め付けられ、叫び出したくなるようなものに変わっていった。それは今思い出しても脳の真ん中あたりが熱を持つような悔しさだ。ビデオを観る度に反省点が見つかり、試合直後の満足感や達成感は何だったのだろうと思わされる。

 だから次こそ負けないよう練習を重ねていた。僕が引っ張る、彼が付いて来る、その繰り返しでペースアップを図る。コーチのメニューにプラスαで自分達なりのメニューを行う。動画を撮り、速いペースでもフォームが崩れていないか、無駄な動きをしていないか、研究を重ねる。

 そうこうしているうちに夏になり、期末テストが終わった。

「先輩、テストの結果いかがでした?」

 練習前のストレッチ中、いつもの会話の中で彼が聞いてきた。

「人の結果なんてどうでもいいだろ。重要なのは自分だ。」

「それなら先輩には己の点数と、一人で向き合ってもらうとしましょう。」

「誰かと一緒に向き合うとしても、お前ではないな!」


 嫌みな奴だ。僕は勉強があまり得意ではない。クラスで半分より少し下くらいだ。対して彼は学年でトップクラスなのだそうだ。大変納得がいかない。

「それはそれとして、先輩はインターハイの結果は見ましたか?」

「ああ、見たよ。あれだろ元4位の人。」

 その辺は抜かりない。

「数Bは抜かるのに…。」

「何故それを…ってやかましい!ほっとけ!テストの話は終わっただろ!」

「おっと、失礼しました。元4位の人の話でしたね。」

 馬鹿にしている。

「いや~。あの方がインターハイで入賞もできないとなると、道のりは長そうですね。」


 そう、昨年県4位、今年県1位地方2位の実力をもってしても、全国では入賞すらできないのだ。

「そりゃそういうこともあるだろ。各地方から選ばれし四人が上がって来るんだから。」

「そんなことは分かってますよ。自分が言っているのは、先輩は二年生の時点で県8位、同学年に先輩より速い人が二人もいるのに、全国はおろか地方で勝てるのかって事です。」

 不安な点をグサリと突いてくる。


「そんなこと言ったって、他の人の成長速度とか、練習方法も分からないし、分かったところでどうすることもないし、コーチの言うこと聞いてれば強くなれるのは分かってるし、今の僕にできる事はないよ。」

「そんなんだから先輩はダメなんです!」

「直属の先輩にダメとか言う奴もどうかと思うがな!」

「ダメなもんはダメです!知ってますか?合同合宿というものを…。」

 初めて聞く。が、

「想像するに、県内の有力選手を集めて合宿するんだろ。僕も参加できるのか?」

 予想は難しくない。しかし、彼は首を横に振りつつ一息のうちに言う。

「貧困!想像力が貧困です!なんて嘆かわしいんでしょう。『県内』なんて狭い範囲に捕らわれてるなんて!もしかして『圏内』って言いましたか?そんな気の利いた答えができる先輩とは思えないので、ナイですね!」

「今日はいつにもましてキレッキレだな……。」

「遠い目をしないでください。話は終わってないです。」


 さすがの僕もここまで言われれば分かる。

「つまり関東圏の高校選手を集めた合宿ってことか?」

「正解です!つまり先輩のような中途半端な順位の人は呼ばれません!各県4位以内の二年生以下が対象です!」

 サラッと傷つけられる。

「第一、今更県内の人と練習したって先輩より速い人が二人しかいないんじゃ、意味がありません。もっと揉まれないと!」

「しかし、呼ばれないんじゃ参加しようがないだろ。」

「忍び込みます!」

「忍ぶのが苦手そうだな……。」

「先輩と違ってアホみたいに背を伸ばしてないので、余裕ですよ!」

「行動とテンションの高さでアウトだよ!」


 僕のツッコミに反応せず、急に彼は真面目な表情になる。

「しかしながら先輩。場所は県大会の会場らしいですし、指導者は一人一人の顔なんて覚えてないと思うんです。関東圏と言えば、今回のインターハイ上位陣の過半数を占めます。レベルアップにはもってこいだと思うんです!」

「まったく、そういう情報をどこで仕入れるんだか……。」

「トイレ掃除ですね。」

「トイレ掃除か……。」

 しかし、妙な違和感がある。会場の近さや情報の拡散具合。いかにトイレ掃除といえど、部内で出ていない話は知り得ない筈だ。


「因みに誰が話してたんだ?」

「顧問先生様が電話で話してました!」

 となると相手はやはり、

「呼んだかい?」

 僕と彼は飛び上がり、一礼する。

「こんにちは!」

 コーチがいつの間にか背後に立っていた。正直怖い。

「はい、こんにちは。合宿の話をしていたように聞こえてね。」

 いつも通り笑顔だ。

「でも、残念ながら君や後輩君は参加資格を持たない。そこで秘策を考えたので、練習の後お聞かせしようかな。」

 嬉しそうな顔なんだけど、どこか悪戯だ。

「はい!了解です!」

 とりあえず、今日の練習に集中しよう。


 今日の練習は2000m×3だった。試合と同じくらいのペースで歩き、2分休憩。また同じペースで歩く。という繰り返しだ。脈は毎分180回。かなり追い込めた練習となった。

「さてさて、お待ちかね。秘策をお伝えしよう。」

 コーチがクールダウン中に隣に来て言った。

「忍び込むっていうのも中々スリリングで、好ましいんだけど、主催者の招待で日帰り参加するっての方がいいんじゃないかな?」

 確かにそれは犯罪じみてないし、確実だろう。ここで当然発生する問題がある。彼も疑問に思ったようだ。

「自分達を簡単に招待してくれるものなんですか?」

「君の先輩は薄々気付いてしまったようだね~。簡単だとも言えるし、簡単に言えるね。どうしてだと思う?ここまで言えば分かるだろう。そう、私が主催者だよ。」

 コーチは楽しそうに笑って言った。

「君達を関東陸上高校生強化合宿へ招待しよう。来てくれるね?」

 断る理由なんてない。

「喜んで!」

「参加させていただきます!!」

 いったいコーチはどこまで権力を持っているのか、疑問に思いながら頭を下げた。

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