新生活に大切なもの
春川拓也が高校にあがる前の春休みから物語は始まる。
この頃は新しく始まる生活と初めての一人暮らしで期待と不安で胸が一杯だったのを今でも覚えている。
「忘れ物無い?ちゃんと着替え入れた?後は、えっとえっと……」
母さんが床においた荷物鞄をあたふたしながら物の確認をしている。中学生みたいな外見をしている。合法ロリと言う奴だ。これでも俺の自慢の母さんだ。
「大丈夫だって、着替えとかは昨日のうちに郵送しただろ。心配しすぎ」
鞄を掴み、肩に掛ける。
家を出る瞬間、後ろから声がした。
「お兄ちゃーん!もう行っちゃうの?」
「ダメだよ!たっくんは私といなきゃダメなの!」
呼び止めたのは俺の二人の妹、奏多と風歌。
たっくんと呼ぶのは中学三年生の奏多。お兄ちゃんと呼ぶのが小学五年生の風歌だ。
「前から決まってたことだから仕方ないし、俺からも行きたいって希望してたんだ。長い連休の時は帰って来るから待ってろ」
しかし、こういっても二人はなかなか引かない。
「こら、姉さんも風歌も止めなよ。兄さん困ってるよ」
このいかにも優男なこいつは泰人。中学二年。俺の弟だ。
「ほら、今のうちに。僕が押さえとくからさ」
「悪いな。じゃあ、行ってきます」
俺を送り出してくれた声は段々小さくなって行く。
数10分ほど歩くと駅に着く。
俺が住んでいる町は結構な田舎で近辺の市や町を合わせても小中高合わせて2桁無い。
だが、俺は小さい頃からやっていた野球で東京の私立I学園というスポーツ校に通うことが可能になった。スポーツだけでなく勉学面でも力が入っているらしい。
たまたま試合に来ていたスカウトマンが俺に声をかけてくれたのがきっかけだ。その学校では校区外の生徒は寮生活にならのだが、父さんがあれこれしてくれた御陰でマンションの一室を借りることになった。寮の経営費や生活費より安くなっているのがビックリだ。
電車に乗り込み、揺られること2時間。俺はとうとう着いた。東京に!
「えっと、住所はこの辺だよな……」
父さんから貰った住所のメモを見ながら辺りを見回しながら歩く。
名前はコーポ斉藤。目印はデカい。
「そんなんで分かるのかよ……」
溜め息をつきながら正面を向いたその瞬間。俺の目の前は黒く塗りつぶされ、ぼふっ、という柔らかい音。
俺は一歩下がってぶつかったものを確認する。
「おや、申し訳ありません。前方不注意でした」
それは2メートルを超える男性だった。そして、彼は異様に筋肉質だった。
「い、いえ。こちらこそすみません。……失礼ですがおいくつですか?」
「来年で還暦になります」
「本当ですか?そうは見えませんね」
「ほぅ。それは私が年齢を偽っているとおっしゃるのですか?」
「そんなことは!全くありませんよ!?」
「私は1年1年、歳を重ねていき!59年間生きてきました!」
「だからそう言う訳じゃなくてですね……」
言いがかりというか勘違いが激しい人だと思った。そして、案外中身は子供っぽい。
30分ほどかけて何とか落ち着かせる。
ついでにコーポ斉藤までの道を尋ねることにした。
「コーポ斉藤ですか?私が経営しているアパートですよ」
「本当ですか!?今日から入居する予定何ですけど」
「では、あなたが春川さんですね。今日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げ、少し遅めの挨拶をする。
「申し遅れました。私、斉藤です」
メモのデカいの意味がよく分かった。
斉藤さんに案内をお願いし、コーポ斉藤までついて行く。
「着きましたよ」
コーポ斉藤はその辺にある普通のマンションと変わらない七階建てだ。
「春川さんの部屋番号は206です。少し待ってて下さい。鍵を持ってきます」
そう言うと彼は管理人室と思われる部屋のドアを開けて、中に入っていく。
2メートルを超える身長だ。当然入り口は彼より小さい。
体をかがめる。それでも上に当たってしまいそうだ。
そして、同じ体勢のまま部屋から出てくる。
「どうぞ。お部屋の鍵です。今日1日は荷物整理でもするといいでしょう。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
鍵を受け取り、お互いに頭を下げる。
部屋に行こうとしたが、斉藤さんに呼び止められてしまう。
「そうそう。貴方のお隣さんも最近入居したんですよ。女の子で確か今年から高校一年生と言っていました。仲良くなれるといいですね」
言うだけ言うと、彼は管理人室に消えていった。
「そんなこと言われたら期待しない分けないだろ」
そんなわけで206号室の前。
先程貰った鍵で扉を開け、中に入る。
「お、おお……」
部屋の構造はと言うと、まず玄関から延びる廊下がある。廊下の一番奥の扉にはリビングとキッチンが繋がっている。
廊下の途中にも扉が2つ並んでいて、個室になっている。
そして、この部屋の一番奥にトイレと風呂と洗濯機があった。
「なんだここ。文句の付けようがない。……取りあえず、荷物を整理しよう」
リビングには3個ほどダンボールがあり、一つずつ開けていく。
最後の箱を開けようとした時、ピンポン、と呼び鈴が鳴り、玄関に向かう。
『こんにちは、隣の者です』
扉越しに聞こえてきたのは女の人の声だった。
(隣の人って同い年の!?これは……っ!!でも、どこかで聞いたことがある声だ)
ゴクッ、と唾を飲み込み、ドアノブに手をかける。
「はい!」
少し声が裏返り恥ずかしい思いをしたが、構わず扉を開ける。そこには俺と目線の高さがやや下で長身の女の子が居た。
「やっ」
女の子は笑って、右手を顔の横まで上げてそう言った。
「な、何でおまえなんだよ!!」
俺の目の前にいる女の子は近くの学校に通うかもしれない人でもなければ知らない人でもなかった。こいつは俺の幼なじみだ。
「驚いた?驚いたよね!やったね!大勝利!!」
玄関の前でキャーキャーはしゃいでいる幼なじみ。
俺は何でこいつがここにいるのか全く理解出来なかった。というか頭が追いついてこない。
取りあえずこいつは榎本沙姫。俺が物心ついた時から一緒にいた。しかも家は向かい側。背が高く、少し茶色い髪を肩まで伸ばし、前髪は眉毛がかかるくらい延ばしてる。そして、何気に男子から人気がある。
そんな彼女が何でここにいるか全く分からない。
「本当に何でお前いるんだよ。しかも隣の部屋って」
「それはあたしもI学園に通うからだよ!」
右手を突き出してVサインをする沙姫。
「………………」
沈黙する俺。
「えへへ~」
「……はぁぁあああ!!??お前近所の学校じゃなかったのかよ!!」
「へ?一言もそんなことは言ってないけどー?」
「じゃあ、どうやって!」
「特待。拓也と一緒だよ!」
「そうか、剣道か」
俺も野球のスポーツ特待でI学園に進学できた。沙姫も幼いときから剣道をやっていて、実力は日本全国レベルだ。
俺は諦めたようにため息つく。
「へっへー♪これからもよろしくね、拓也!」
取りあえずデコピン。昔から俺はこれで了解を表していた。
あいたっ、と言って沙姫は額をさすっている。
「ほら、とりあえずは入れよ。片付け手伝わせるから」
「うん。私もそのつもりで来たんだよ」
沙姫を部屋に入れる。
「おおー。全く一緒だ」
彼女はリビングに入ると当たり前のことを言った。
俺はダンボール箱を一つ持ち上げてキッチンへ向かう。
「当たり前だろ。同じマンションなんだから。沙姫はそこの箱に入ってるのを出してくれ」
沙姫の一番近くにあるダンボール箱を指さす。
「これ?りょーかーい。出したのは並べればいい?」
「ああ。それでいい。頼んだ」
彼女は鼻歌をしながらダンボール箱を開け、ペンやハサミ、雑誌などの小物を出しては並べていく。
俺はキッチンに着き、シンクにゆっくりとダンボール箱を置く。中には皿やコップといった割れ物が入っている。
これを沙姫に任せるととんでも無いことになってしまうかもしれない。彼女はおっちょこちょいだ。最悪持たせた瞬間、皿がおじゃんだ。割った皿でケガまでされたらたまったものでもない。
一枚ずつ、ゆっくりと食器棚にしまっていく。
全てしまってリビングに戻ると沙姫の鼻歌が止まっていた。
「おっ、拓也のTシャツだ」
沙姫は床に正座して荷物を開けていた。今、彼女は俺のTシャツを両手で持って、自分の前で広げている。それを軽くたたみ、自分の鼻に押し付けた。
「えへへ。いい匂い~」
「止めろ、変態」
俺は彼女の脳天を平手でスパン、とはたく。
にゃん!という悲鳴を上げた沙姫はばっ、とこちらを振り向いた。
「何するの!いいとこだったのに!」
「良いも悪いもあるかよ。お前、今何やった?」
「え?クンカクンカしてた」
……お、おぅ。ダイレクトに言ってくるとは思わなかった。しかも、何かおかしい?という表情をしている。
「まさかお前、あっちでもしてたんじゃないよな?」
すると沙姫の肩がピクッと跳ねた。
「やだなぁ、拓也。そんなことするわけないじゃん?」
「俺の目を見てはっきり言えよ」
「そんなことより!ご飯!ご飯食べよ!ほら、もう19時!」
彼女は自分のスマホのホーム画面に表示されている時間を俺に見せる。
「確かに良い時間帯だな。……ん?おい、何だ?この待ち受け……」
「へ?まちう……あっ!」
沙姫のホーム画面の背景は俺だった。
「お前、マジでなんだ?匂い嗅ぐだけじゃ飽きたらず、ストーカー行為か?しかもその写真、卒業式の後、教室で友達と話して軽く泣いた奴じゃないか。お前見てたんだな?」
「えっと……、これは……、その……、あれだよ……、あっと……ごめんなさい!」
沙姫はその場で土下座をした。
この後俺は彼女に小1時間ほど説教を続けた。
夜。時間で言えば22時。そろそろ沙姫を自分の部屋に帰さないと、とか思い始めた。まあ、隣なんだが。
帰らないと行けない当の本人はというと。
「にゃははははははは!!なにそれぇ!おっかしぃ!!あはははは!!」
お笑い番組を見ながらソファの上で笑い転げている。
帰ろうとする気配が微塵もない。
「沙姫、帰らないのかよ?そろそろいい時間だ」
「いいのいいの。どうせ今週は春休みだし、一人暮らしなんだし」
「そうだけどさ。はぁ……。23時までには帰れよ」
「分かった~」
沙姫は言いつけ通り、23時ぴったりに家に帰っていった。
そして、俺はその後すぐに眠りに落ちた。
次の日。少し早めに目が覚めた俺はトレーニングとこの辺の地形を覚えるためにランニングをしている。
一時間ほどかけて周辺を走り、コーポ斉藤に戻ってきた。
俺は空いている駐車場に座り込んでストレッチを始めた。すると、あの巨躯が俺の目の前までやってきた。そう、管理人の斉藤さんだ。
「朝から頑張ってますね。そんな春川さんにお届け物があります」
「何ですか?」
「こっちへ着て下さい。大きいので二人で運びましょう」
「はい。分かりました」
俺は斉藤さんについて行く。荷物は管理人室にあり、彼が俺の荷物を指差す。その荷物は人が入ってゆっくりできるくらい大きな箱だった。
「こんなに大きいとは思いませんでした。何が入ってるんですか?」
「私もわかりません。ただ割れ物注意と書いてあるの二人でゆっくり慎重に運びましょう。そちら側を持ってください」
俺は斉藤さんに言われた通りに箱の端をゆっくり慎重に持ち上げる。斉藤さんも俺の反対側を同じ様に持つ。
「おや?意外と軽いですね。では、行きましょう」
確かに斉藤さんが言うようにそこまで重くはない。
家にこんな大きなものあったっけ?
そして、すぐに部屋の前に着いた。
「ありがとうございます。後は俺一人で大丈夫です」
「そうですか?せめて部屋までは」
「本当に大丈夫です。そろそろ出てくると思うんで」
斉藤さんはよく分かってない顔をしていた。すると。
「おはよー!拓也!」
隣の部屋から沙姫が朝からウザいくらいのテンションで出てきた。
「あ、オーナーさんもおはようございます!」
ペコリ90°のお辞儀をして、斉藤さんに挨拶をした。そんな沙姫に斉藤さんもニコリ、と笑い挨拶を返した。
「拓也、それ何?」
沙姫は俺達が持っている大きな箱を指さして訊ねてきた。
「それが俺にも分からなくて。割れ物ってしてあるから慎重に運んでる」
ふーん、と沙姫は箱をまじまじと見ている。
「あたし、持つよ。斉藤さん、ありがとございました」
沙姫は斉藤さんが持っていた場所を有無も言わせず横から割って入り、持つ。
「なんだか申し訳ありません。女の子に持たせるなんて」
斉藤さんは少し落ち込んだように言った。
「ああ、気にしないで下さい。こいつを女の子と同じ扱いしなくて大丈夫ですよ。それに後数メートルくらいですから」
「そうですか?では、戻らせていただきます」
そう言って斉藤さんは階段を使って下の階に降りていった。
「じゃあ、運ぼうよ。なかなか重いよ」
沙姫が箱の近くでしゃがんで、つついている。
「ああ、うん。運ぼうか」
取りあえず俺の部屋のリビングまで箱を持って行く。
中に入っている物が壊れないように慎重に床におろす。
「やけに大きいけどさ、何が入ってるの?」
「俺にも分からん。これくらい大きい物なんか持ってないし」
とりあえず開けるね、と言って沙姫はダンボール箱が開かないように貼ってあるガムテープをバリバリッ、と剥がしていく。
「勝手に開けんな!……はぁ」
とりあえず荷物は沙姫に任せて!俺は何か飲み物を用意しようとキッチンへ向かう。
「で、何が入ってた?」
「奏多」
「は?」
「奏多」
「いや、意味分かんねーんだけど」
何故か俺の妹の名前を連呼する。
「だから!奏多だってば!」
「奏多は地元にいるだろ」
「この箱に入ってるの!」
何をバカなことを、と思いながら箱の中を覗いてみる。
「なっ!?」
セミロングの黒髪に長い睫毛。母さんが童顔なのでしっかりそれを受け継いだやや幼いが整った容姿。正真正銘、俺の妹春川奏多が箱の中で座ったまま寝ていた。
すると、高校入学祝いで買って貰った俺の携帯が鳴りだした。相手は母さんだった。黙って電話にでる。
『拓也!奏多がね、奏多がいないの!どうしよう!』
慌てふためいているのが電話越しからでも十分に伝わってくる。おそらく隣で風歌がお姉ちゃんがいないと楽しんでいるような、騒いでいるような声が聞こえる。
「落ち着いて。奏多ならなぜかここにいる。箱に入って郵送されてきた」
『どういうこと?』
「どうもこうもないよ。俺はありのまま全部話したし」
『お父さんなら何か知ってるかな?』
母さんは大分落ち着きを取り戻したようだ。
「もしかしたら。父さんなら奏多の無茶を実現させそうだし」
『そうかもしれない。後で何したか聞いてみるね』
「分かった。俺も奏多にいろいろ聞いてみる。じゃあまた」
通話を切ると沙姫が少し不安気に話しかけてきた。
「奏多、大丈夫?家出とかじゃないよね?」
「それはないと思う。取りあえずこいつ起こして、話聞かないと」
「そ、それもそうだね」
俺は箱の中でまだ寝ている奏多の頬をペチペチ、と軽く2回叩く。
「ほら、起きろ。そんな所で寝るな」
「んっ……、んにゅ……」
すると、奏多のまぶたが薄く開く。
「……たっくん?」
「ああ、そうだ」
「えへへ……、たっくんぎゅー」
奏多は両腕を伸ばし、俺に抱きつこうとしてくる。
「おい、やめろ」
俺は彼女の頭をガシッと手で押さえ、抱きついてこないようにする。そのまま少し指に力を加えてアイアンクローをする。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!たっくんやめて!!顔潰れちゃう!!」
仕方なく離すと、奏多は箱から飛び出て顔を押さえながらぴょんぴょん跳ねた。
「うぅ、たっくんのバカァ……。顔に傷ついたらどうするつもり?責任とって貰うよ?」
「黙れ。そしてそこに正座。爪は立ててないから傷はつかない。だいたい何でこんな物に入ってこんな所に来た?」
奏多は言われた通りに俺の前に少し怯えるように正座する。
「それはたっくんが心配でだよ!」
「お前に心配される必要はない」
「そうそう、あたしもいるから大丈夫だし」
「えぇー!何で沙姫ちゃんがいるの!?」
奏多は今、沙姫のことに気付いたらしい。
「私もI学園に通うからだよ」
「そんなの聞いてない!!沙姫ちゃんだけ抜けがけとかずるいよ!!」
「それを言うなら奏多もだよ!あたしがいなかった拓也とずっと一緒じゃん!!」
キャーキャー、ギャーギャー言いながら言い争う2人にその辺に置いてあった雑誌を丸めて叩く。
「にゃっ!?」
「いたっ!?」
パン、という音がとても気持ちよかった。
「だいたいお前学校は?」
頭をさすっている奏多に質問を続ける。
「この辺の中学校に転校するよ」
「お前手続きは?そんなの勝手にできないだろ?」
「お父さんがいろいろしてくれた!」
「あんのバカ親父が……。ちょっと待てお前ここに住むのか?」
「そうだよ。当たり前じゃん」
寮があるのに入らないで良かったり、一人暮らしにしてはヤケに広い部屋。つまり、この環境は親父が俺のためにではなく、奏多のためにだった。俺がいるのは奏多のお目付役といったところだろう。
親父のことだ。本当は自分が一番ついて行きたかったが仕事があるからやむなく、諦めたという感じだろう。
その事に気づいた俺はその場に座り込んだ。いろいろ思い浮かべていたやりたいことが沙姫と奏多によって壊されていくのをイメージ、いや予知してしまった。
「は、はは。終わった。さようなら、俺の憧れの生活……。ははははは……」
俺はもう力なく笑うことしかできなかった。
「たっくんどうしたの!?元気ないの?私が癒してあげる!!」
「だめ!何で奏多がするの!それは私の役目だよ!」
「意味わかんない!部外者は黙ってて!兄の悲しみを癒せるのは妹だけなんだから思い上がらないで!」
「それこそ思い上がりだよ!何が妹だけ、だよ!だいたいブラコンて何?恥ずかしくない?あたしが拓也の一番。知らなかった?幼なじみは最強なんだよ?」
「幼なじみ?そんなの弱い弱い!血の繋がりと家族の愛、兄弟愛、男女の愛。これだけある私の方が最強に決まってるの」
なんだか、どんどん口喧嘩がヒートアップしていく。でも、今は自分の今の環境が仕組まれていたショックの方が大きい。
「何!?」
「何なの!?」
とうとう取っ組み合いまで始めた。
「……殺す!殺すぅ!!」
「誰に向かって言ってるのか分かってる?奏多があたしに勝てる訳ない。返り討ちにしてあげるよ」
「余裕ぶっこいてるけど、そっちも忘れてない?私だってたっくんの妹なの。なめないで」
ドタン!バタン!ガシャン!と倒れたり倒したり、物が落ちたりと本気の喧嘩を始めた。殴る、蹴るなど女の子同士の喧嘩とは思えないがいつもこんな感じだ。
流石にうるさくなってきたので気が抜けてしまった体に鞭打って止めることにした。
「いい加減にしろよ。ここは俺の部屋だ、お前らが暴れる場所じゃない」
二人の首根っこを押さえつけて引きずりながら玄関へ進む。
「待ってよ、たっくん!この女に分からせてやらないと!誰が一番なのか!!」
「そうだよ拓也!このバカに思い知らせてやらないと!!」
引きずられながらまだ口喧嘩している。
「いい加減にしろ!!」
声を荒らげてそう言うと二人はぴたりと止まった。
「お前らがどうこうしようが知ったことじゃないけど、やるなら俺を巻き込まないでくれ」
玄関を開け、2人を外に出す。
「決着着くまで入ってくるな」
バン!と扉を閉めた。
はぁ、とため息をつくと携帯が鳴った。母さんからだ。
「もしもし、何か分かった?」
『拓也!聞いて!お父さんが!』
「うんうん。落ち着いて、ゆっくり。それで父さんが?」
『奏多の転校とか荷物の発送を全部やったの!』
「……うん。俺もさっき奏多に聞いたよ。もう過ぎたことは仕方ないとしてさ、これからどうする?」
『そうね。取りあえずお母さんはお父さんに言い聞かせて、出来るだけ仕送りする。お父さんのお小遣いから』
(……哀れだな、親父)
『拓也はどうするの?』
「うん。奏多の面倒見ることにする。沙姫もいるし、大丈夫だと思う」
『そうだったね。沙姫ちゃんもいるんだから安心ね』
「母さんは知ってたのか。沙姫が一緒って。なんで教えてくれなかったんだ?」
『沙姫ちゃんから口止めされてたの』
クスクス笑いながら母さんは続ける。
『奏多の私物は少しずつ送るから。困ったことがあったらすぐ相談してね』
「うん。ありがとう、じゃあまた」
とりあえずどういう流れで奏多がここに来たことは分かった。部屋はちゃんと2つあるから問題ない。
まずは奏多の日用品を買わないといけない。送られてきた荷物には彼女の私物は全くなかった。いくら兄妹といえ、同じシャンプーやタオルは嫌だ。……奏多は分からないが少なくとも俺は気が引ける。
地元なら買い物は車や交通機関を使ってそこそこ時間をかけなければいけなかった。しかし、ここは東京。都会だ。歩いていける距離に沢山の店がある。これなら奏多の生活用品をある程度揃えられる。
親父だって自分の小遣いが奏多のために使われて、奏多が笑うなら本望だろう。
買い物に行くために財布をカバンに入れて、外に追いやった奏多を呼びに行く。
「奏多~。買い物行くぞ。何が欲し……」
玄関を開けると、奏多と沙姫は2人で外を眺めていた。
「ねぇ、沙姫ちゃん……」
「何?」
「なんで私とたっくんって血の繋がった兄妹なんだろうね……」
「……知らないよ。あたしに聞かないでよ」
「義理の兄弟でした、なんてハッピーエンドないよね?」
「あるわけないよ」
「でも、幼馴染は結ばれないんだよ?」
「私よりはいいよ。まだ異性として見られてる可能性はあるし」
「だといいんだけど……」
……訳の分からない話をしていた。
「おい、意味分かんない話してんじゃねーよ」
奏多の頭を軽く指先でつつく。
「あ、たっくん!カバン持ってるけど、どこかおでかけ??」
つい一秒前のナイーブな空気はどこに行ったのだろう……。そしてすぐ抱きついてくる。
「いちいち抱きつくな!お前の日常品ないから買いに行くんだ。いくら兄妹でも同じものを使うのは嫌だろ?」
「全然嫌じゃない!むしろ使いたい!」
「俺が嫌なんだ!ほらいくぞ!」
「ああっ!ちょっと待ってよ!」
絡み付こうとしてしてくる奏多を鬱陶しく振りほどこうとすると、沙姫が視界に入った。なぜか悲しそうな顔をしてモジモジしている。
「……もしもし、沙姫さん?どうなさいました?」
「…………ないの?」
「は?」
「あたし……れないの?」
「どうしたんだよ。いつもみたいに馬鹿でかい声でしゃべれよ」
「だから!あたしは連れてってくれないの!?あと、馬鹿でかい声って言うな!」
「はぁ!?なんで沙姫ちゃんがついてくるの!?これは私とたっくんがこれから生活していくために必要なことだから沙姫ちゃんは関係ないの!」
あれ?普通俺が許可とか拒否をするところだよな?なんで奏多が食い下がっているんだ?
「なんで奏多が決めるのよ!あたしは拓也に聞いてるのに!」
「このお出かけは、私の日用品を買いに行くの!だからたっくんに聞くこと自体が間違いなの!」
「はぁ!?元といえば奏多が何も持ってこないのが悪いじゃん!」
またヒートアップしてきた……。
「おい!いい加減にしろ!」
近所迷惑になるかもしれないが大きめの声を出して二人を止める。
「そこまで言い合えるくらい仲がいいなら二人で行ってこい。俺は家にいるから。ほら、金」
カバンから財布を取り出し、奏多に投げる。それを危なっかしく受け取り、乱暴にドアを開け中には入り、同じように乱暴に閉めた。
「はぁ……」
ため息をつきながらのそのそと自分の部屋に戻った。
一時間ほどで2人は帰ってきた。ちゃんと自分の生活用品は買えたようだ。2人が帰ってきてから特にすることも無く、飯食って風呂入って寝ただけだ。……そうだと良かった。
今は奏多と2人きりだ。周りの目がないからなのか、奏多は必用以上に絡んでくる。基本的に饒舌な彼女でもあるが、もはや1人でじゃべっている。
風呂の時もだ。後ろをピッタリついてくる。まさか本気で一緒に入ろうとしたときは全力で外に追いやった。
寝るときも同じベットに入ろうとしてくる。どうしても離れようとしないので奏多が寝たところを抜け出し、ソファーにでも寝ようと思ったが完全に抱き枕扱いされ逃げられなかった。
これからの最低三年間が思いやられる。そして、三日後は入学式だ。
拙い文章ですが楽しんで頂けたなら幸いです。
更新ペースはかなり遅いですが、よろしくお願いします。