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迷子の…  作者: 如月冬美
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 ガシャン!

「あ………」

 やってしまった。朝からずっとこの調子。お兄さんの「嫁にくるか?」って冗談が心に引っかかっていて集中力がない。手を滑ったグラスは足元で見事に割れていた。

「エミ?」

 割れた音が聞こえたのだろう。お兄さんが顔を出す。仕事の邪魔をしてしまった。

「ごめんなさい。割っちゃいま…っ!」

 慌てていた私は破片を拾おうとして指を切ってしまった。小さな傷のはずなのに見る見るうちに滲んだ血が玉のようになる。

「こっちへ」

「え?」

 腕を取られ立たされたと思ったら腰に腕が回され抱き上げられていた。そのままクルリと反転して私を床に下ろす。

「え?……あ?………」

「ほら座って」

 お兄さんに言われるまま近くの椅子に座る。その間にお兄さんは救急箱を取り出した。

「しみるよ」

 言葉と共に傾けられた小瓶の中身が傷にかかると痛みが走った。

「っ‼︎」

 消毒がしみるのはどこの世界でも同じみたい。眉を顰めている間にお兄さんは手早く軟膏まで塗ってくれた。

「ごめんなさい」

「グラスのことなら気にしなくていい」

 笑ってぽんぽんと頭を撫でてくれる。いつもなら嬉しいのに今は嬉しくない。胸が苦しい。

 わかってる。お兄さんが優しいのはきっと恋愛感情からじゃない。私がマロウドだから同情してるだけ。コニーと歳が近いから妹が一人増えたぐらいに思って親切にしてくれるだけ。

 わかってるのに勘違いしそうになる。ひょっとしたらって希望持ちそうになる。いつかはって期待しそうになる。ときどき優しすぎるぐらいに優しくされるから。

 優しくしないで……

「エミ?」

「あ……」

「どうした?痛むのか?」

 訊いてるお兄さんの方が痛そうな顔してる。いつもピンとしてる耳も萎れた植物みたいに元気がない。そんな顔、しないで欲しい。

「大丈夫、です」

「……今日はもういいから。部屋でゆっくりしろ」

「はい」

 心配かけてるとは思う。けど気持ちがぐちゃぐちゃで頭が上手く回らない。

 もういいや…

 部屋に戻った私は寝てしまおうとベッドに倒れこんだ。






 ふと目が覚めた。窓の外も部屋も暗い。結構寝てたせいか寝る前のぐちゃぐちゃした感情はかなり落ち着いていた。

 うん、大丈夫。いつもの私だ。

 水でも飲もうと一階へ降りるとキッチンに明かりがあった。

「お兄さん?」

「エミ…大丈夫か?」

「心配おかけしました。もう大丈夫です」

 頭を下げて。笑って言えばお兄さんの表情が和らいだ。

「もう遅いがなにか食べるか?」

「いえ。喉が渇いたから水でも飲もうと思って」

「そうか」

「お兄さんはずっと仕事?ちゃんと休まないと体壊しますよ?」

 お兄さんはかなりのワーカーホリックで凝り性。没頭すると寝食忘れちゃうタイプ。

「わかってる。これ飲んだら休むつもりだった」

 そう言ってお兄さんはテーブルに置いてあったグラスを手に取る。オレンジジュースみたいな色の飲み物が三分の一ぐらい入ってる。ここに来て初めて見る飲み物。

「飲んでみるか?」

「いいの?」

 訊き返すと頷いてくれたのでグラスを受け取る。

「いただきます」

 グラスを近づけると柑橘系の香りがした。

「甘い。けど…苦い?」

 飲んだことのない初めての味がした。

「苦い、か」

 私の感想にお兄さんが笑う。それがなんだか悔しくて残りを一息に飲んだ。

「エ、エミ!」

 慌てるお兄さんにイタズラが成功したような気分になる。

「ごちそうさまでした」

「大丈夫か?」

 心配するお兄さんが可笑しい。

「だいじょーぶです〜」

 だってこんなに気分がいい。気持ちがふわふわしてる。

「これ、変わった味だけど美味しーですね〜

 。おかわりください〜」

「駄目だ」

「え〜〜?おにーさんのケチ〜」

 もう少し欲しいのに。不満を口にするとお兄さんが困ったように笑う。

「今度な」

「今度ってぇいつですかぁ〜?」

「今度は今度だ」

「やくそく〜」

「ああ」

 約束してくれたお兄さんに嬉しくなる。

「もう寝ろ」

 ♪やくそくやくそく〜♪と適当に歌っていたらお兄さんに言われた。

「え〜」

「いいから、ほら」

「は〜〜い」

 しぶしぶ立ち上がり一歩足を出したらふらついた。

「あれ〜〜?」

 なんかクラクラする。おかしいなぁ?と考えていたら体が浮いた。

「んにゃ?」

 あ。お兄さんだ。お兄さんが抱っこしてくれた。

「お姫様だっこだ〜〜♪」

 嬉しいなぁ。お姫様抱っこ。しかもお兄さん!夢みたい。あれ?これって夢かな?う〜〜ん…夢?お兄さんが優しいのはいつものことだし。あ、でも優しすぎるかも。じゃあやっぱり夢?なんか都合がいい感じだし。うん。夢だ、夢。これはがんぼう

「…ちゃんと掴まれ」

「は〜〜い」

 夢ならいいかと遠慮なくお兄さんの首に腕を回し、ぎゅーっとしがみつく。

「い〜におい〜」

 お日様と葉っぱ?と木?が混ざったようないい匂い。小さい頃、おばあちゃん家の張り替えたばかりの畳で日向ぼっこした時と同じ温かくて優しくて安心する匂い。

「……ねむい」

 こんな都合のいい夢なかなか見られないのに眠気に逆らえない。なんでだ?う〜ん…わからない。ま、いいか。あ、でもこれだけは言っておこう。

「おにーさん…」

「ん?」

「……カオンさん…すき…………」

 眠い。もう限界。寝る。おやすみなさい。

オレンジジュースみたいな飲み物=スクリュードライバーのようなもの。エミは明るい酔っ払い。

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