後編
シラフィーが家でのんびりと過ごしている時の事だった。
それは、突然やってきた。
どん、どんっというノック音と共に、ざわつく人々の声が、聞こえてきた。シラフィーは不思議だった。こんなに荒い訪問など久方ぶりの事だった。
「誰でしょうかぁ」
そんな風に言葉を発して扉を開けた彼女は、銃で撃たれた。バンッという音と共に、身体を貫いた鉄の塊。
一瞬のうちで、無数の穴があく。だけれども、そこから血液なんてものは流れない。ただ、あいた穴。そしてその穴は、シラフィーの身体からあふれている繊維によってふさがっていく。
「あらあら」
シラフィーは困ったように声を上げた。撃たれたというのに、そこには悲観も何も存在しない。
何故なら、”撃たれたぐらいでは”キノコの娘は死なないのだから。キノコの娘は、自身がよりどころとなるキノコが存在する限り、消える事はない。死なない。永久に、生き続ける存在。
ふさがっていく穴を見て、目の前に居る男たちが信じられないといった顔をした。
「この化け物が!」
「死ね、死ね!!」
撃つ、撃つ、撃つ―――銃弾が、シラフィーを貫き、家具を貫き、穴を増やしていく。
だけど、シラフィーは反撃なんかしない。ただ撃たれるがまま。その表情には、相変わらずののほほんとした優しく穏やかな笑みが張り付いている。
「あらあら」
そう口にするだけで、されるがまま。
しばらくが経ち、銃弾が切れたのか、それが止む。
はぁはぁと疲れたように息をはく人間たち。それと反対にシラフィーは穏やかに笑っている。
「気が済みました?」
聞いたのは、そんな言葉。開けられた穴はすっかりふさがっており、殺されそうになっていながらにこにことほほ笑むシラフィーを見て、人間たちは恐怖に満ちた目をこちらに向けている。
「うわあああ」
勝ち目がない、と心のどこかで理解していながら男の一人が銃を捨て、シラフィーに拳で襲い掛かろうとする。だが、その拳はシラフィーにあたる前に止められた。
鍬だった。
畑を耕すための鍬が、拳を受け止める。
「シラフィーに何をしているの!」
それは、シラフィーと同じキノコの娘の一人――畑 千野であった。
新たなキノコの娘の登場に、シラフィーに襲い掛かっていた人間たちはおびえたように撤退していくのであった。
そして、その日遊びに来るといっていたシセラは来なかった。
*
時が経過する。一年、二年、十年―――人間にとって長く、キノコの娘にとって短い時間が経過した頃。一人の人間がシラフィーの元を訪れた。
子供。
人間でいう十歳ほどの子供は、「貴方がシラフィーさんですね」と言って一つの日記を差し出した。
その子は、シセラの、一度も忘れていなかったお友達の子供だといった。
「お母さんは、貴方の事何度も話していました。大事なお友達だって。だけど会えないってそういって」
そう告げて、その子供はシセラがどうして訪れなくなったのか教えてくれた。
―――そして、シセラが病で倒れ、亡くなった事も。
シセラの家は、予想通り貴族だった。そして”キノコの娘排除派”と呼ばれる一家だった。
キノコの娘は、人間と姿形こそ似ているが決して人間とは違うもの。寿命がないにも等しく、そして人外的な能力さえも持っている。異質で、異常で、いうなれば化け物といわれてもおかしくない存在。
概ねの人間は、突如現れたキノコの娘という存在をすっかり受け入れてしまった。だけれども、受け入れられない人間も、全ていなくなったわけではなかった。
彼女たちを化け物とし、人間だけの世の中を望むキノコの娘排除派はキノコの娘を消そうと企んでいる。最もそれは無理なことに等しいが。
そして、あの日――――シセラがやってくるといってこなかった日、シセラは実家に軟禁されていたらしい。そしてシセラはそれまで家の者に跡をつけられていたらしく、その結果シラフィーの家を人間が襲う結果になった。
自分のせいでシラフィーが襲われた事、そして家がそれを許さないこと。その理由からシセラはシラフィーの元に来なかった。これなかった。
キノコの娘とお友達だなんて言えなかった。だけれども、彼女は自身の子供にだけはそれをいっていた。
「心優しく、穏やかで、大事なお友達がキノコの娘にいるんだって」
そう、言っていたと。何度も何度も聞かせてくれたと、その子供は笑う。
「あなたはここにいても大丈夫なのですのぉ?」
心配になってシラフィーが問いかければ、その子は言った。
「お母さんが、これまでキノコの娘は排除すべき存在じゃないって必死に頑張ってたんです。そして、それは実りました。僕の家は、キノコの娘を排除すべきではないってそういう思想に、ようやく、ようやくなったんです。――だから、お母さんは会いに行けるって喜んでて、でも、病気になって、それがかなわなくて」
悲しそうに眼を伏せた。
会いにこれると思えたのに、会えなかったと。そんな風に告げて。
「そうなのですかぁ」
シラフィーは、ただそう告げる。
「これ、お母さんからシラフィーさんへの手紙です。僕はこれを届けにきたんです」
読んでくださいね、そういってその子供は去って行った。
シラフィーは、家の中へと入って、日記と手紙を読んだ。ここで、この場所で、シラフィーとシセラは沢山のお話をした。
日記を読んで、シラフィーはシセラの恋がうまくいった事を知り嬉しくなった。
会えなくなってからも、シセラの日記の中には”シラフィー”の名が沢山見られた。会いたいと書かれた言葉もあった。
あの子供のいっていたように、シラフィーが頑張ってキノコの娘は危険ではないと行動していたことも乗っていた。
そして、手紙には、こう書かれていた。
『私のせいで、ごめんなさい。シラフィー。沢山、お話を聞いてくれてありがとう。私はシラフィーが大好きだった。優しくて、穏やかで、見ていて嬉しくなるようなそんな笑みを浮かべるあなたが大好きだった。
会いに行きたかったけれど、私の身体はもう動かない。最後に会いたかった。シラフィー、会って告げたかった言葉を書くよ。シラフィーは私の友達だよ。会わなくても、大事な、大事な友達だった。今まで、ありがとう。
シセラ』
短い手紙。だけどシセラの心がわかる手紙。
シラフィーは悲しかった。シセラの最期に立ち会えなかった事が。会いたかったと、直接話したかったと思う。
だけど、嬉しかった。キノコの娘である自身は人間からしてみれば化け物と言われても仕方がないのに、そうではないとシセラが行動をしてくれたことが。ずっと会うこともなかったのに、シラフィーの事を忘れないでいてくれたことが。友達だって思ってくれていたことが。
「私も、シセラと出会えて、シセラと沢山お話が出来て楽しかったのですよぉ」
そう、シラフィーは口にして、一粒の涙を流すのだった。
「ふぅん、友達の子供が会いにきたのか! よかったな」
「ええ。嬉しかったですのぉ。お手紙を、あの子からのお手紙をもらえたので。今度シセラのお墓参りに行こうと思うのです」
「人間の町にか? 大丈夫か?」
「ふふ、心配してくれて嬉しいわぁ。大丈夫よぉ、千野」