中編
「ちょ、ちょっとお礼を言わなきゃって思っただけで、あんたに会いにきたわけではないんだから!」
シラフィーは目の前に居る少女を見ながら、少し戸惑ったような表情を浮かべている。
もう、二度と会わないとそう思っていた少女が目の前に居る。シラフィーとしては、送り届けてそれでお別れの、たった一度の出会いで終わるつもりだった。何故なら少女はキノコの娘の事を少なからず恐れ、怖がっているように見えたのだから。
自身を恐れている存在がもう一度自身の前に進み出てくるだなんて誰も予想が出来ないものだろう。
そう、シラフィーもそんなこと欠片も予想なんてしていなかった。
でも、目の前には確かにあの少女が居る。自分を警戒したように見ていた、困っていたから送り届けた少女が。
そんな少女の隣には見慣れた村人がいて、おそらく案内役としてここにいるのだろうことが予想できた。
「シラフィー姉ちゃん、この人シラフィー姉ちゃんに会いたかったんだって。だから俺が案内してきた!」
村に住まう男の子がそういってほめてと顔を輝かせている。
「えらい子ですねぇ」
シラフィーはにこにこと笑って頭をなでる。
そうすれば男の子はうれしそうに笑って、「案内してくれていいこね」とシラフィーにお菓子を渡されると去って行った。
その場には、シラフィーと少女だけが残る。
シラフィーは、少女を見つめる。その”人間”の少女は先日見た時と変わらないドレスを身にまとっている。”人間”の中でも高貴な身分であることは一目瞭然であった。
「な、なんですの」
「ううん、なんでもないですよぉ。じろじろ見てごめんなさいねぇ。とりあえず、家の中へどうぞぉ」
間延びしたしゃべり方でシラフィーがそういえば、少女はどこかうれしそうに笑ってシラフィーの家の中へと足を踏み入れるのであった。
*
「どうぞぉ」
シラフィーが紅茶を差し出すと、少女はそれを手に取った。
少女とシラフィーはキノコ型の椅子に腰かけている。
少女はこの家の中が珍しいのか、きょろきょろとあたりを見渡している。
実はこの家とこの家の家具のほとんどはシラフィーの衣服と髪から無限に落ちてくる繊維によって組み立てられたものである。故にほかにはないものばかりだ。少女が興味を持つのも仕方がないことなのかもしれない。
「それで、お礼を言いたいのでしたっけ」
「あ、そ、そうよ! その……こ、この前は案内してくれて、感謝してるわ!」
そう口にしたかと思えば少女はそっぽを向いた。お礼をいうのが苦手なのかもしれない。その様子を見据えて、シラフィーはほほえましげに見ている。
少女の年は、15,16歳程度である。キノコの娘としてこの世に体現してからずっとこの世界に存在し続けるシラフィーにとって少女を見ていて、子供と接しているような気分になってしまったのは仕方がないことだろう。
「お礼はいらないのですよぉ。私は好きで貴方を案内したのですからぁ」
シラフィーはにこにこと笑っている。
相手が”高貴な身分”であろうともシラフィーは基本的に”人間”という生き物が好きだった。だから相手が誰であろうとも”人間”と話していることがうれしかった。
”人間”は自分たちとは違う生き物だ。姿かたちは確かに似ているけれど、キノコの娘と”人間”は同じ存在ではない。自分たちと似たような姿をしながらもまったく違う存在である”人間”。
自分たち、キノコの娘と違い、はかなげですぐに命を散らしてしまう存在。だけれども短い生の中を精一杯生きている存在。
そんな”人間”をシラフィーは好ましいと思っていた。
それからしばらくその少女――シセラとシラフィーは仲良くなった。聞き上手であるシラフィーにすっかり心をシセラは許してしまった。人を信じさせるようなオーラとなんでも話したくなるような雰囲気をシラフィーは常に醸し出しているような穏やかで優しい少女だった。
シセラには好きな人が居るらしい。
その話にシラフィーは乗った。喜んで。興味津々な様子で問いかけた。
――フリゴは人間と恋愛をしていたのよねぇ。恋ってどんな感情なのかしらぁ。一度経験してみたいものだわ。
シラフィーが現在最も興味があるものが、『恋』だった。それは同じキノコの娘であるフリゴは人間と恋をした。自分たち、キノコの娘とは全く違う時間を生きる人間と恋をし、その愛を相手が死ぬまで貫き、今も抱いている。
そういう気持ちをシラフィーは経験したことがなかった。恋をしているフリゴを見て、シラフィーは恋というものに大変興味を持った。
「そうなのですのぉ。その方がシセラはとっても好きなのですね」
「ええ。そうなの」
そう答えるシセラは顔を赤くして、恋する乙女な表情を浮かべていた。
シラフィーとシセラはその日、仲良くなった。
それからちょくちょくシセラはシラフィーの元へと訪れた。
好きな人の話を沢山した。好きな人について語るシセラを見るのがシラフィーは好きだった。
誰かを好きだと告げるその表情は見ていて嬉しくなるものだった。シセラの恋が実ればいいとそう思った。
シラフィーとシセラは友達となり、数か月間その友情は続いた。
だけど、冬の日、それは終わった。
シラフィーは、人間に襲われた。