前編
深い森の中に、一つの家がある。
それは白色とクリーム色の二つで形成された家。ひと部屋分ほどしかないその家の中で、椅子に腰掛けて手紙を読んでいる一人の少女がいる。
一言でいうなら、彼女は白い。はじめて彼女を見たものは真っ先にそれを思うだろう。何が白いかと言えば、彼女のほとんどが白い。まずその肩よりも短い髪と、穏やかに目――それも綺麗な純白だ。彼女はコートをきている。全体的に純白なそれは、下部のみが黄土色だ。コートの上から短いマントを羽織り、首にはマフラーをまいている。どちらも色は白だ。
家の中だというのにブーツをはいており、頭には黄土色の帽子をかぶっている。そして手には黄土色の手袋である。椅子に座る彼女の足元には髪と衣服の繊維が自然と絡まってちぎれ、床へと落ちている。
今は真夏。
そんな季節にこんな格好をしているのはどうもおかしい。が、彼女は暑いという感情を感じる事はない。
そんな彼女は、キノコの娘の一人である。
名は、アマニタ・シラフィー。シロテングタケ (白天狗茸)が彼女のキノコだ。
「フリゴは元気にしているのねぇ」
間延びしたような、何処か聞くものに気を抜かせるような穏やかな声が発せられる。
そう、手紙はシラフィーの友人であるキノコの娘のフリゴからのものだった。フリゴはつい先日まである理由から数十年この森にとどまっていた。しかしその理由がなくなり、フリゴは以前のように色々な森をさまよい歩いているのだ。
手紙を読むシラフィーはにこにことしている。
友達であるフリゴが元気でいる事がどうしようもなく嬉しいという事がその顔にはありありと映し出されていた。
シラフィーはふと時計へと視線を向ける。
「あら、もうこんな時間」
慌てたようにシラフィーは手紙を片付けて、バタバタと家を後にする。約束があったのだ。それなのに手紙を読むことに夢中になっていて、気づけば時間が経ってしまっていた。
家をでてシラフィーが向かった先は、山の麓にある一つの村である。
「シラフィーさん」
「シラフィー」
村人たちはシラフィーを見て、笑みを浮かべた。
シラフィーが約束していた相手は”人間”であった。
シラフィーは人間が好きだった。キノコの娘の中には人とそこまで関わらないものも少なくない。だけれどもシラフィーは人間が好きで、時折こうして村へと足を運ぶのだ。
そこで何をしているかと言えば――、
「じゃあ、今日も美味しいキノコ料理を教えますねぇ」
料理を教えていたりする。主にシロテングダケ(白天狗茸)の。
シロテングダケ(白天狗茸)には毒がある。だけれども毒抜きをすればシラフィーのキノコであるそれは食べる事が出来る。シラフィーが人間が好きな一番の理由は、毒抜きをしてまで、自身の分身だと言えるキノコを食べてくれる人間がいるからである。
シラフィーは人間が大好きで、自分たちキノコの娘と人間は根本的に違う生き物だけれども、それでも共にこうして笑い合える日常が大好きだった。
「これをこうやってこうしたら――」
そうやって教えていって、
「出来たのですよぉ」
にっこりと笑って出来た料理を振る舞えば、皆が美味しいと笑ってくれるのだ。
それが嬉しい。
他人の笑顔が好きなシラフィーは、村人たちが笑ってくれるだけでとっても嬉しそうに微笑む。
何処までも穏やかで、何処までも優しい笑み―――、その笑みは見ているものにとって優しい気持ちになれるもので、シラフィーの笑みを見て、また村人たちは穏やかに笑うのだ。
「シラフィー」
「シラフィー姉ちゃん」
皆がシラフィーを囲むのは、皆もシラフィーが好きだからだ。
最初はシラフィーがキノコの娘だからと少し警戒していた村人たちだが、もうこの村との付き合いも長く、村人たちはすっかりシラフィーに心を許していた。
同じキノコの娘たちと微笑みあって。
村の人々と笑い合って。
そしてのんびりとのほほんと過ごす――それがシラフィーの日常だった。
そんなシラフィーは、ある日森の中で一人の少女にあった。
美しい少女だった。まるで人形のような完成された美しさを持つ少女。髪の色は、茶色。明るい、金色に近い茶色の髪を持っていた。
その着ている服は、一般人では手に入らないような高価なドレスであった。ドレス姿の少女が森の中にいる事に、シラフィーはまず驚いた。途方にくれた様子で、眉を下げている。
恐らくこの広い森の中で迷子になったのだろう。シラフィーはこの森に定住しているため、この広大な森の中をきちんと把握している。だから道に迷う事はまずないが(そもそも道に迷ったとしてもキノコの娘であるシラフィーにとって野宿しても問題がない)、人間からすれば道に迷っても仕方がないだろう。
「大丈夫ですかぁ?」
シラフィーが声をかけると少女はびくりっと身体を震わせた。そしてシラフィーの方へと視線を向ける。シラフィーを見て、少女は固まった。
それを見てシラフィーは、この子はキノコの娘を見るのははじめてなのかしらなどと考える。そしてならば驚くのも無理はないかもしれないとも感じる。
何故ならシラフィーはキノコの娘であり、明らかに人間とは違う異質な存在なのだから。そもそも人間からすれば髪や衣服の繊維がちぎれて、地面へと落ちていくなんて考えられないだろう。シラフィーの足元には、ちぎれたものが粉となって降り積もり、シラフィーが通った跡はすぐに他のキノコの娘たちに悟られるほどだ。
「キ、キノコの娘?」
その少女の反応は、どちらかと言えば異質なものを怖がっているようなものだった。
その反応にシラフィーは少し悲しいと思う。だけれども仕方がないかとも感じる。幾ら世界的にキノコの娘が受け入れられたとしても受け入れられない人というものは少なからずいる。
でもシラフィーは自身の存在が怖がられている事を把握しても、嫌な顔はせずに笑った。いつものように、親しい”人間”やキノコの娘に対して笑いかけるのと変わらないような優しい笑みを浮かべた。
「貴方は道に迷ったのでしょう? 麓の村まで案内しますわぁ」
にこにこと微笑んでそんな事を告げたシラフィーに、少女は警戒していたが、結局シラフィーの笑顔にほだされ、案内されるがままになるのだった。
そして、その日、親しい村人たちのいる村へとシラフィーは少女を送り届けた。
この世界は現代の地球に似ているけれどどこか違う世界というイメージで書いてます。