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中編

 「フリゴ!」

 フリゴは森を気分良く歩いていた。もちろん、ヘッドフォンの音量を大音量にしたままである。

 「フリゴ」

 だからこそ、自身を呼ぶ声には一切気づいていなかった。気づいたのは、後ろから肩を掴まれてからだった。

 驚いてフリゴが振り向けば、数日前に自分の歌に惹きつけられてきた少年、キサラが居た。

 フリゴはもう二度と会う事がないと思っていたため、驚いた表情を浮かべていた。キサラが何かをいっているが、ヘッドフォンの音量により聞こえない。これでは音量を下げなければいけない。大音量で音楽を聞くのが好きなフリゴはそれを思って眉を潜めた。

 ――いっその事、そろそろ読唇術を取得すべきだろうかと、本気で悩むほどである。

 「フリゴ、何で、呼んでるのにどんどん進むんだよ」

 「音楽聞いてた。聞こえなかったから」

 「そうなのか……、音楽好きなのか?」

 「うん。音楽は好き」

 嬉しそうに、にっこりと笑う。

 好きなものを語る時に、人は笑顔になるものである。その笑みがあまりにも可愛らしかったからか、キサラは思わずといったように視線を逸らす。

 「それより、どうして此処にいるの?」

 「フリゴに会いにきたんだ」

 「どうして?」

 自分なんかと喋ってどうするのだろうかとフリゴは首をかしげる。

 「えっと、その、フリゴと仲良くなりたいから」

 「何で?」

 「何でって、それは、フリゴになんていうか、惹きつけられるっていうか」

 「それは勘違い。フリゴが歌ったから、フリゴの「歌」を聞いたからそれの後遺症」

 理由を聞き出したフリゴは納得したように頷くと、淡々とそう口にした。

 まだフリゴの歌を聞いて数日である。それならば以前聞いた歌の後遺症で、フリゴ自身に惹かれる事はよくある事である。そういう事例は多々あった。

 そういう場合は大抵、一週間も経つ頃には魅了の効果が解けてか会いにこなくなる。

 そもそもフリゴは元々毒キノコである。それに自身の考えを偽る事なくいい放つ性格で、社交性はない。人間とはあまり関わろうとしないような少女なのだ。

 人を寄せ付けない雰囲気があるからか、魅了がとけた後にフリゴに近寄ろうとする人間は居ないのだ。

 「それは……」

 「否定したいなら、一週間後に此処にきて。一週間経ってもフリゴに興味があって、フリゴと仲良くなりたいなら、フリゴもおしゃべり仲間ぐらいにはする」

 フリゴがそう言えば、キサラはそれはもう目を輝かせた。まるでおもちゃを与えられた子供のように嬉しそうな目である。

 「わかったなら、今日は去って。今日ずっといたらフリゴは今後、キサラとおしゃべりもしない。無視する」

 その言葉にキサラは慌てたように「一週間後来るから」と言い放って、その場から姿を消すのだった。



 ――どうせ、一週間後はこない。そう、フリゴは思っていた。






 だけど、キサラはきた。一週間前と変わらない、キラキラした目をこちらに向けて。フリゴはその事実に驚いた。

 「きたの、キサラ」

 「当たり前だろ。来るっていっただろ」

 「こないと思ってた。ちょっと嬉しい」

 素直に自分の感情を口にするフリゴであった。その表情は何処か嬉しそうだ。

 ――今まで魅了が解ければ来なくなる人間ばかりだった。自分に会いにきてくれるのは嬉しい。だけれども、それが魅了の結果故だと思うとフリゴはいつも悲しくなっていた。

 だけど、今回の人間は、キサラは魅了の効果が切れてもフリゴに会いに来てくれた! その事実がたまらなく嬉しかった。

 嬉しかったからこそ、フリゴはいった。

 「約束通り、おしゃべり仲間にする。フリゴもキサラと仲良くしたい。横、座って」

 フリゴが座っていたのは、倒れている大木の上であった。その隣をぽんぽんと叩き、キサラに座るように促す。

 フリゴはキノコの娘であるフリゴに会いに来るほどの勇気があるのに、何を緊張しているのか、恐る恐るフリゴの隣へと座った。

 フリゴはその様子が面白くて、思わず笑ってしまった。

 「な、何笑ってるんだよ」

 「だって、毒キノコのフリゴに会いに来るのに、肩を掴んで呼び止めるのに、隣に座るのは何で緊張してるの?」

 「いや、だって…、女の子の隣に座るってなんか緊張するし」

 「あははっ、キノコの娘だからじゃなくて、女の子の隣だからって緊張してたんだ。面白い」

 声をあげて笑う。

 そこから、会話が弾んだ。沢山の話をした。

 キサラも音楽が好きな事。

 だから、綺麗な歌だなって感動してフリゴの歌に惹きつけられてしまった事。

 両親も兄弟も音楽家で音楽一家だということ。そして本人は音楽を作る側――作曲や作詞に興味があると言う事。

 そういう話はフリゴにとっても楽しかった。何より、音楽好きという共通点があったからこそ、フリゴとキサラはすぐに仲良くなった。



 それからキサラは度々森を訪れた。



 *



 「フリゴの事好きだ」

 キサラがそんな事をいったのは、フリゴとキサラが出会って四年も経過したある日の事だった。

 フリゴは基本的に数年に一度森を移動する生活を送っていたが、キサラと話す事が好きで、キサラとの縁が切れるまでこの森に留まる事を決めていた。

 「フリゴもキサラの事好きだよ」

 「はっ、え」

 「だから、フリゴもキサラの事好きだよっていってるの。フリゴはキサラと喋るの楽しい。キサラと一緒にいると暖かい気持ちになる。キサラの好きは、恋愛の好き? なら、フリゴと一緒。フリゴもキサラ好き!」

 あまりにもあっさりとそんなことを言われて、思わずキサラは固まった。そしてその言葉を理解した瞬間にその顔を真っ赤に染めた。

 その初々しい反応にフリゴは思わず笑った。

 それから人間とキノコの娘だけれども、キサラとフリゴは恋人同士になった。





 いつも、会うのは森の中だった。

 いつも、キサラはフリゴに会いにきた。

 間隔をあけながらも、だけど途絶える事なく、いつも会いにきた。




 ――フリゴは、今を目一杯楽しむようにキサラとの日々を過ごした。





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