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前編

 森の中に一人の少女が存在している。

 広葉樹林の中を歩く少女は、酷く特徴的な姿をしていた。

 髪の色は頭頂部は夜空のように綺麗な真っ黒だが、毛先になればなるほど淡い色へと変化している。そしてその艶のある髪には、所々メッシュを入れている。背は小柄で、平均身長よりも明らかに低い。その顔だちだけなら、普通の少女である。

 しかし、彼女は人間ではない。

 キノコの娘――アマニタ・フリギネア。それが彼女の名前である。猛毒を持つクロタマゴテングタケ (黒卵天狗茸)のキノコの娘である。

 その格好は奇抜だ。上半身の露出が激しく、水玉模様の灰色のシャツのボタンを大きく開いている。普通のブラではなく、背後から回り込んで固定する形のものが、隠される事なくさらけ出されていた。低身長であるにも関わらず体つきは女性らしい。その身体を惜しみなく見せつけている。ジーンズは髪と同じ色、そして履いている白いブーツは黒い卵のパーツのついたものである。

 そして最も特徴的なのは、「EGG」という文字の書かれた大型ヘッドフォンだろう。黒い卵型のそれは、髪と同化するように存在しているように見える――いや、事実それは髪の一部と言えるだろう。そのヘッドフォンからは、常に音楽が流れている。斜めに引っ掛けているベルトで十字付きのMP3プレイヤーを固定していた。

 森の中を音楽を聞きながら、軽い足取りで歩く。普通の人間なら音楽に集中してこけるなり、ぶつかるなりしそうなものだが、流石キノコの娘というべきか、決してそのような事にはならない。森で生まれ、森で生きる彼女は、森での歩き方を熟知しているのであろう。

 彼女は音楽を愛していた。

 音楽を聞くのが好きだった。

 故に、彼女は常に音楽を聴いている。他の音などいらないと、聞かなくていいと言わんばかりに。

 ヘッドフォンから溢れ出す音楽は、周囲に漏れるほどに大きい。

 だが、周囲には人間はおらず、いたとしても同じキノコの娘であるからか、大音量である。

 しばらく歩いて、彼女のお気に入りの場所―――切り株が椅子のようにいくつか存在している森の中には似つかわしくないような開かれた場所へとたどり着く。そこはフリゴが歌を同じキノコの娘に聴かせるための場所だ。そして、あたりをきょろきょろと見渡した。

 人間が存在していた場合、これから彼女がしようとしている事はするべきではなかったからだ。あたりを見渡して誰も居ない事を確認すると彼女は嬉しそうな顔をして、並べられた切り株の椅子の目の前にいく。そして、ヘッドフォンから流れていくお気に入りの歌を口ずさんだ。

 決してそれは大きな声ではない。だけどそれは何処までも済んだ、何処までも人を惹きつけるような美しい音色を持っていた。

 目をつむり、口を開いて、歌を歌う。

 耳から流れてくる「歌」の世界に浸って、その「歌」を自分の口から発信して表現する。

 森に住まう動物たちが、気づけば集まってくる。彼女の歌に惹きつけられるように。歌声が生物を呼ぶ。そういう現象がその場で確かに起きていた。

 そして集まった動物たちは揃いも揃って彼女を――、正しくは彼女の本体であり分身であるとも言えるクロタマゴテングタケ (黒卵天狗茸)を口に含む。そして彼女の毒をその身に受けてしまうのだ。

 彼女の「歌」は魅了の効果がある。

 歌を聞いたものは、彼女の歌へと惹きつけられ、彼女の傍に存在するクロタマゴテングタケ (黒卵天狗茸)をどうしても食べたくなる、そういう症状になってしまう。そして食してしまう。

 しかし、彼女は歌う事が嫌いではない。寧ろ好きだ。だから人間が近くに居ない事を確認して歌う。何故なら人間が死ねば面倒な事になるからだ。人間が勝手に誤って食べるならそれは人間が悪いのだから別に問題はない。だけど歌によって惹きつけれ、歌によって食べてしまって死んでしまうのは自身にとっても気分が悪く、人間たちに排除対象にされてしまう可能性もある。最も、自身が死ぬ可能性など彼女は考えていない、しかし彼女は面倒な事は嫌いだった。

 キノコの娘たちにはその魅了効果が発揮されないため、他のキノコの娘たちの前では彼女は時々せがまれて歌を歌っている。

 気持ちよく歌を歌っている中で、この森に住まう動物の足音よりも明らかに大きな足音がした。それを聞いた瞬間、彼女はその口から美しい歌声を発する事をやめた。

 視線を左側へと向ける。

 そこに現れたのは、フラフラしたまだ若い男だった。年は人間で言う十四歳から十六歳ほどである。髪の色は黒で、まだ幼さの残る顔立ちだ。うつらうつらとしていた少年は、しばらく経つと正気を取り戻した。

 「あれ……俺は、って、君は……?」

 「フリゴ。ごめん、フリゴが歌ったせいで貴方をここまで引き寄せてしまった」

 アマニタ・フリギネアは名前がゴツく、女性らしくないことを気にして「フリゴ」と名乗り、周囲にもフリゴと呼ばせていた。

 「え、あ、って、ゆうか、その目のやり場に困る」

 「フリゴは困らない。そんなの気にする方が悪い。それより、謝っているの、無視はちょっと嫌」

 フリゴは不機嫌そうにそんな言葉を口にする。

 ちなみにこうして話している間もヘッドフォンからは音楽を流している。一応謝ろうと思ったからか、その音量は下げられているが、外の音が聞こえるギリギリの音量である。

 「あ、ご、ごめん。でも、惹きつけられたって」

 「フリゴは、キノコの娘。フリゴの歌は動物を惹きつける。惹きつけられた動物はフリゴのキノコ食べる」

 淡々とフリゴが口にすれば、少年は驚いたような表情をした。

 「何で、驚く」

 「キノコの娘に会ったのはじめて、だから……。というか、そっか、あの綺麗な歌声は君なんだね」

 「君、やめて。名前呼んでくれたほうがフリゴは嬉しい」

 名乗ったのに名前で呼ばれないのはフリゴは嫌だった。

 「そっか、ごめん。フリゴって呼ぶよ。俺はキサラ」

 「ん、それでいい。キサラね、わかった。それで許してくれる?」

 「歌のことか? 怒ってなんかない。最初から」

 「ならいい。フリゴはもういく」

 許してくれるのならばもうキサラに全く興味ないとばかりに背を向ける。そんなフリゴの背中にキサラを慌てて声をかける。

 「ま、待って」

 「フリゴに何か用があるの?」

 「いや、あの、フリゴは、ずっと此処にいるのか?」

 「しばらくはこの森にいる。この森には、私のキノコが沢山生えていて嬉しい。住みやすいから」

 フリゴは色々な森を渡り歩いている。その中でもこの森はお気に入りであった。何故なら自身のキノコが沢山生えているのだ。

 フリゴはにこにこと笑って、嬉しそうに語っていた。

 「じゃあ、フリゴはもういく」

 フリゴはそういって今度は本当にその場から去っていった。





 ――その時に会った少年と長い付き合いになるとはその時のフリゴは欠片も考えていなかった。




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