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後編

 「ど、どうしよう」

 恋愛感情を自覚した紫蜘はどうしたらよいのかさっぱりわからなかった。自分の家の中で、あたふたとする様子はその異形な見た目からは考えられないほどに可愛らしい反応であったといえる。

 紫蜘がこの世界に顕現して、時は幾度も流れた。長い時の中で、紫蜘が人間と関わった記憶はほとんどない。ずっとかかわりがあったのは、同じキノコの娘たちだけであった。他の交流関係なんて紫蜘は構築してはこなかった。

 そう、それ故に恋愛などといったものを紫蜘がした事など無かった。あるはずもないのだ。

 長い時を生きておきながらも、そのような自分が感じるはずもないと信じていた感情を感じてしまったとき、どのような行動に出てしまうかなんて人それぞれだろう。

 紫蜘の場合どうしたかといえば、戸惑いから逃げてしまった。

 恋愛感情を自覚したからこそ、共に居る事が恥ずかしくて、見るだけで意識してしまうようになって、そうしてどうしたらいいかわからなくて彼女は赤霧から避けてしまった。


 恋愛感情なんて、紫蜘にとって他人事な事のはずだったのだ。今までは。


 それでも、幾らそんな感情自分が持つはずがないと思っても、実際にそれを抱いてしまったのは確かな事であった。

 「わ、私なんかが人間を好きになっちゃダメなのに」

 わかっている。自分と人間は違う存在だということを。それだけではない。自身はキノコの娘の中でも、異形と呼ぶのにふさわしい、どうしようもないほどに化け物であることを。

 そう、思っている。自分自身の事が嫌いなわけではない。紫蜘はこれが自分であると堂々と言える。でも、しかし、人間が自分を恐れているのは紛れもない事実であった。

 ―――そんな私が人間を好きになるのは、駄目だ。迷惑に決まっている。

 そんな思考に陥って、思わずしゅんとした表情になる。そんなこと紫蜘にとってわかりきっていた事であったが、それでもやはり初恋を実感した身としてはどうしようもなく悲しい事であった。

 「……赤霧に会えない」

 ――好きだなんて、感じちゃ駄目な感情を持つなんて。赤霧も気持ち悪いって、嫌だって思うに決まっている。私みたいな人間にとっては化け物な存在に、好きだなんて思われるなんて。

 だから、会えない。こんな思いを抱いているのに、赤霧に会えない。そして会ってしまえば、基本的に嘘のつけない紫蜘は態度や言葉で思いを伝えてしまうかもしれない。そんなの、駄目だと思った。

 家の中から、窓の外を見る。何処までも続く世界。

 ―――私には大きすぎる、私には飛び出せない世界。

 赤霧と出会って、今までよりも紫蜘は活動的になった。赤霧に連れ出され、今まで見たこともなかった景色を見ることが出来た。

 「それも、終わり」

 もう会わない。会えない。そして赤霧も私に進んで会いにくるなんてありえないだろう。


 そう、思ったのに。


 「紫蜘! なんで逃げるんだよ」

 外に出た時、赤霧に遭遇した。赤霧に会う事がないように家の場所も変えたのに、それなのに赤霧は紫蜘を探して森の奥深くまで来ていたらしい。キノコの娘にとっては庭のような森でも人間にとっては危険であるのに。それなのに、だ。

 「な、なんでって。あ、赤霧はどうしてここに……」

 カサカサと移動しながらも、紫蜘は言葉を発する。太い眉は困ったように下がっている。

 「何でって、紫蜘に会いに来たに決まってるだろ」

 「な、なんで。わ、私は―――人間からしたら化け物なのに。なんで、進んで会いに来るの?」

 人間とキノコの娘は違う存在である。そしてキノコの娘の中でも紫蜘は蜘蛛と人双方の特徴を持つ異形のキノコの娘だ。

 「はぁ? 紫蜘を化け物とか思うわけないだろうが。大体はじめて会った頃に行っただろう。俺は蜘蛛が好きだって」

 「うぅ、で、でも」

 「それより! なんで逃げるんだよ」

 「な、なんでって」

 赤霧の言葉に紫蜘は返答に困る。何でと問われれば理由は一つだ。だけれどそれを口にできない。してはならないと紫蜘はどうしても思ってしまう。

 「何か俺、紫蜘に嫌われるようなことしたか? 俺はもっと紫蜘と話したい! 紫蜘と遊びたい! だから、なんで逃げるか教えろよ」

 赤霧の言葉は、何処までも直球だった。嘘偽りのない、真っ直ぐな言葉。本心からの言葉をいつも口にする。

 「だ、だって、だって」

 「だって、なんなんだよ! 紫蜘! 言えよ!」

 「もぉおおおおおお」

 言えよと叫ばれて、紫蜘の口から漏れ出したのはそんな声である。それと同時に勢いよく蜘蛛の糸が噴出される。まるで抑えきれない感情があふれ出したかのように。

 そして、ひととおり蜘蛛の糸を吐き出した紫蜘は、我慢できないというように声を上げた。

 「わ、私は! 私は赤霧が好き。大好き。ずっと一緒に居たいって、赤霧の笑顔が好きだって。明るいその性格が。私に向かって笑いかけてくれるのが。いつも元気で優しい所が。全部全部大好き」

 そこまで言った時点で赤霧の目が点になった。

 「で、でも、私はキノコの娘だもん! 人間の赤霧とは違うんだもん。それに私は人間から見たら化け物なんだもん。何度も人間はそういったもん! 私の事、気持ち悪いってそんな風に。そんな、そんな化け物で気持ち悪い私が好きだなんて赤霧だって迷惑だって、嫌がるって思って……」

 そう、口にして涙を流す。

 「だから、もう会わないでいようって思って。会ったら私……、言っちゃうからって。好きだって、赤霧に伝えちゃうからって。だから会わないようにしようって、そう、そう思ってたのに。赤霧の馬鹿! なんで、なんでぇ、会いにくるの……」

 支離滅裂な言葉を放ちながらも、その瞳からは涙がこぼれだしていた。

 そして下を向く。赤霧の顔が見れなかった。紫蜘の心はなんでこんな風に言ってしまったんだろうって。そんな事を思って益々泣きたくなる。こんな気持ちを伝えられて気持ち悪いに決まってるって。そう思って。

 だけど、聞こえてきた声は酷く優しい声だった。

 「紫蜘」

 自身の名を呼ぶ声が何処までも優しくて、驚く。どうしてと顔を上げる。上げた先では、赤霧は笑っていた。それはもう、嬉しそうに。

 「なん、で」

 紫蜘の口から洩れたのはそんな言葉だった。

 だけど、―――どうして笑っているのというその問いは続けられなかった。なぜなら、近づいてきた赤霧に口をふさがれてしまったから。

 そう、それは所謂キスというものだった。

 紫蜘は動揺する。何も考えられなくなる。唇が離れる。驚愕の表情で固まる紫蜘に何気ない風に赤霧は言った。

 「俺も紫蜘大好き」

 その言葉を聞くと同時に、何を言われたか理解すると同時に、紫蜘の顔がボッと赤く染まる。

 「な、ななななな」

 「大丈夫か、紫蜘」

 「す、好き。好きって」

 「うん。好きだよ? 所謂一目ぼれだな! というか、もう人間と蜘蛛のミックスって時点でツボなのに。可愛いからな、紫蜘は!」

 「か、可愛いって……と、というか、き、気持ち悪くないの、わ、私のこと」

 「うんうん、可愛いなぁ、紫蜘は」

 働かない頭を回転させて、どうにかしゃべる紫蜘に対して、赤霧は何処までもにこにこしている。

 「ずっと一緒に居ようよ、紫蜘。でもまぁ、俺が先に死んじゃうけど、俺が死ぬまでずっと一緒!」

 「い、一緒に居ていいの?」

 「言いに決まってるじゃんか! 紫蜘が俺を好きで、俺も紫蜘を好きなんだから」

 そんな言葉に対して、紫蜘はようやく笑みを浮かべるのであった。










 「恋人が出来たの? おめでとぉ~」

 「ありがとう、ゼラ」

 「紫蜘幸せそうだね、とてもいい事だよぉ」

 「ふふ、そうだね。私、凄い幸せ」




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