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中編

 「ご、ごめんなさい」

 紫蜘は申し訳なさそうな顔で謝罪を繰り出していた。

 裸体を見られた事に動揺して思わず蜘蛛の糸を浴びさせてしまった紫蜘は、そのあとあわてて衣服をその身に纏うと自身の蜘蛛の糸で顔がぐるぐる巻きにされてしまっている少年に近づいた。そして必死にその蜘蛛の糸を外しながらも謝っていた。

 蜘蛛の糸が外されながら、横になっている少年は目をぱちくりさせている。

 露わになった髪の色は赤色、林檎色の髪で羨ましいなどと紫蜘は思う。林檎食べたいななんて考えていたら思わずじゅるりっと涎が垂れてしまいそうになる。

 あわてて紫蜘はそれを飲み込んで、少年を見下ろす。

 少年は何もしゃべらない。悲鳴を上げられて去られるよりはまだ良いと紫蜘は安堵する。なんせ、紫蜘の見た目はキノコの娘の中でもトップクラスに人外である。怯えられて化物扱いされることも数知れずだ。

 (……化け物と言われて大変だった時、千野やゼラが助けてくれたんだっけ)

 昔の事を思い出し、親しい友人たちの事を思い浮かべて思わず笑みがこぼれる。

 「あ、あの」

 目をぱちくりとさせていた少年は、何処か紫蜘を見て目をキラキラさせているように見えた。それに正直、紫蜘は動揺する。

 自分は蜘蛛の糸を吐き出すところまで見られてしまったのに、どうしてこんな風に見つめられているのだろう。何て、顔をしているのだろうってそう思って仕方がなかった。

 「キノコの娘、岸之上 紫蜘ちゃんだよね!」

 「え、あ、はい。貴方、私の事を……?」

 「ああ、下の村で千野ちゃんから聞いて会いたいなって思ってたんだ!」

 「そ、そう、そうなのですか」

 紫蜘は人間と親しくしゃべる事がほとんどない。何故なら人間は自身をおびえた目で見る存在だからだ。

 それなのに、目の前に居る少年は一切そういう感情をその瞳に浮かべていない。寧ろキラキラした目でこちらを見て居る。その事が不思議で、同時にそれに対して自分がどう反応していいのか紫蜘にはわからなくて。

 戸惑いから、口から出る言葉はとぎれとぎれになってしまう。この人間は何を考えているのだろう。どうして私に向かってそんな目を向けているのだろう。

 「あ、俺の名前いってなかったね。俺は赤霧」

 「アカ、ギリ?」

 「うん、そう。赤霧。漢字で書くとこうだね」

 そして赤霧は自分の名前をどう書くか教えてくれる。この世界では、漢字の名前の人とカタカナの名前の人が居る。紫蜘も赤霧も同じ漢字の名前の人であった。

 にこにこと笑って、こちらを見上げる赤霧に紫蜘はどうしようもないほど不思議な気持ちになった。

 ―――どうしてこの人は私の事を怖がらないのだろう。

 ―――どうしてこの人は私の、蜘蛛の下半身を見たのにおびえないのだろう。

 そんな純粋な疑問がどうしても湧いてしまった。

 だから、問いかけた。

 「……あ、赤霧は」

 「ん?」

 「どうして、私を怖がらないのですか」

 自分から問いかけておきながらも、どうしても答えが聞くのが怖いと思ってしまった。何て身勝手な思いなのだろうと思いながらも、それでも聞いてしまった。

 そして紫蜘は下を向く。何を言われてしまうのか、正直怖かった。

 「どうしてって、俺蜘蛛好きだし」

 「え」

 「だから女の子と蜘蛛のミックスとか、何その俺の願望の実現みたいな!」

 赤霧は蜘蛛が好きらしい。女の子と蜘蛛のミックスである紫蜘の事は、怖がるというよりもむしろその存在を喜んでいるようだ。

 そんな風に言われたのははじめてで、何だかうれしくて紫蜘は笑った。


 そしてその日から、紫蜘の日常の中に一人の少年が加わった。


 「紫蜘の家ってすげーな」

 「私、風景見るの好きだから……。高い位置に家作りたくて」

 紫蜘の糸でできたその家を見ても赤霧はおびえや引いた感情を見せる事はなかった。寧ろ楽しそうに過ごしていた。

 赤霧はすぐに紫蜘にとって特別になった。

 他のキノコの娘たちと違って、人間とあまり交流を持とうとしない紫蜘にとってはじめての人間の友達であった。

 「それでね、フリゴが……」

 紫蜘の世界は狭く、赤霧に話せるお話なんて同じキノコの娘たちのお話だけだった。だから沢山、大好きな仲間たちについて紫蜘は話した。

 「紫蜘はキノコの娘が大好きなんだな」

 「う、うん。だって私にとって家族みたいなものだから……」

 いつもニコニコとして、無邪気な赤霧は紫蜘にとって話しやすい存在であった。

 その態度で、言葉で、仕草で自分の事を怖がっていない事がよくわかって、酷く安心していた。

 「なぁなぁ、紫蜘。遊びにいこーぜ」

 「紫蜘、今日は――」

 そして赤霧はよく紫蜘の家へとやってきて、いつも紫蜘を知らない世界へと連れ出してくれた。人の居そうな場所にはいきたくないといった紫蜘に、外は楽しいからといって色々な場所に連れていってくれた。

 気づけば、紫蜘は赤霧の事が好きになっていた。大事な友達だと面と向かっていえるようになっていた。

 だけど、分からない感情があった。

 なぜか赤霧と居ると妙に胸がドキドキしてしまうとか。赤霧の笑顔を見てどうしようもないほど幸せな気持ちになるとか。赤霧が自分に構ってくれないととってもさびしくなって、赤霧の関心を集めているものに嫉妬してしまうとか。

 友人であり、家族のような親しいキノコの娘たちには感じた事のないような感情が確かにあって、紫蜘はよくわからなかった。

 珍しくこちらを訪れていたフリゴにその事を相談したら、あっさりと「それ、紫蜘が赤霧好きってこと」と答えられた。

 「好き?」

 「うん。そう思う」

 「私、フリゴも、千野も皆大好きだよ」

 「ありがと。でも、それと違う。フリゴたちには友愛、家族愛。赤霧には多分恋愛」

 「恋愛……?」

 フリゴの言葉に正直紫蜘は唖然とした。今まで紫蜘の人間関係というのはキノコの娘たちだけであった。同性であり、自分と同じ存在としか深くかかわってこなかった。それも自身の見た目のために。

 そんな紫蜘にとって恋愛とは、自分がするものではなかった。他のキノコの娘たちから「人間の恋」や「人間との恋」について聞くだけであった。

 他人事であった。なのに、自分に降りかかって、紫蜘が動揺するのも無理はなかった。

 「人間の寿命、短い」

 「え」

 「フリゴたちより、すぐにいなくなる。好きなら、思い伝えた方が良い」

 それだけいって立ち去ろうとするフリゴを、紫蜘は呼び止める。

 「フ、フリゴ!」

 「なに?」

 フリゴは振り返る。

 「フリゴは、恋愛してたんだよね…。人間と」

 「うん。キサラ、大好きだった」

 「た、躊躇いとかなかったの? 人間と私たちって色々違うし。だから、その、そんな人間の赤霧を私がそ、その好きって」

 自分でも何を言っているか分からない言葉が紫蜘の口から洩れる。それに対してフリゴは顔色一つ変えずにいう。

 「ない」

 「え」

 「躊躇いとか、ない。フリゴ、キサラ好きだった。キサラも、フリゴ好きっていった。フリゴはキサラと一緒に居たかった。キサラもう居ないけど、思いで、ずっと覚えてる」

 はっきりといって、今度こそフリゴは去っていった。その後ろ姿を見ながら、紫蜘は「わ、私が赤霧を好き……?」とそのことに酷く動揺するのであった。






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