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前編

 キノコの娘は、大抵が人間と酷似した姿を持つ者が多い。

 二本の手と二本の足を持ち、人間と同じ姿を持つ。しかし、キノコの娘の中には所謂人外の見た目を持つ少女だって存在する。

 岸之上 紫蜘 (きしのがみ しくも)はまさしくそういう存在であった。

 今日も彼女は森の奥深くで、人間と遭遇することがないように生活をしている。

 「収集、楽しい」

 そんな言葉を発しながらも、紫蜘は森の木々に実る林檎を収穫していた。嬉しそうに微笑む姿は可愛らしい。

 そんな紫蜘は上半身だけ見れば可愛らしい人間の少女であった。薄紫色の髪を腰まで伸ばしている。強烈に縮れるくせ毛だ。前髪は中央で分けられており、目に髪がかからないように紫石の髪留めを身に着けている。

 特徴的なのはそのふと眉だろう。目も、眉も綺麗な紫色だ。両側の太いもみあげを顔の前に持ってきており、その身に纏う衣服は着物だ。着物と帯はトタテグモの柄で彩られており、着物にはそれだけではなく扉も柄もある。腕は肘から上に薄紫色のファーがあしらわれていて手は指先しか見えないが、そこからちらりと見える指先は人間のものではない。

 下半身は蜘蛛。しかし、足先以外は白いファーで覆われていて外から見れないようになっている。関節部にはどういうこだわりなのか黒いリボンがまかれていた。

 紫蜘のキノコであるクモタケ(蜘蛛茸)は蜘蛛と密接な関係を持つキノコであり、紫蜘は蜘蛛の要素を多く持っている。

 その見た目から人前に余り出る事はない。というよりも出れないというのが正しい。

 紫蜘は人間が嫌いではない。友人である千野からも沢山の人間の話を聞き、人間という存在に対する興味は大きい。

 ただし、人間は紫蜘の姿を見れば悲鳴を上げたり、化け物と罵ったりする。蜘蛛という生き物は、紫蜘からすれば家族のようなもので、可愛いとさえ思う存在だ。だけれども、人間からすれば蜘蛛というのは気持ち悪い生き物であるらしい。

 その事実を紫蜘が知ったのは、キノコの娘としてこの世界に顕現してまだ間もないころだ。

 ”人間”という存在に興味を持っていた。

 他のキノコの娘から話を聞く人間の事を知りたかった。

 人間に対する関心は自身が直接知らない分だけ、誰よりも大きい。

 けれど自身が近づければ、人間は逃げていく。

 そう、その事実を知っているからこそ、実感しているからこそ紫蜘は人の前に出ない。紫蜘は、人間という生き物を他のキノコの娘と違ってそこまで知らない。



 蜘蛛の糸で作られた自身の家とその周辺のみが、紫蜘の世界であった。



 林檎の収穫を終えた紫蜘は自身の家へと戻る。紫蜘の家はいくつもの枝に張り巡らされた蜘蛛の糸でできた足場の中心に存在する。窓の幾つかついた丸い白い物体―――遠くから見てそう見えるそれが、紫蜘の家だ。

 その家は紫蜘の吐く糸で作られているのもあって、増築も改築も簡単に出来るその家だからこそ、紫蜘の家は広い。部屋はいくつも存在する。その中で一つ、大きな窓の存在する部屋がある。

 紫蜘は家の中に居る間は、その大きな窓から上半身だけ顔を出してぼんやりしていることがよくある。基本的に紫蜘はのんびり屋さんで、狩りなど以外では外に出ないため、ぼんやりしている事が多いのだ。

 そんなほとんど外へと外出しない紫蜘だけれども時折出かける事がある。どこにって、湖にだ。どうしてかと問われれば理由は一つ。水浴びをするためである。

 紫蜘も女の子であり、自分の身体を清潔に保ちたいという願望はもちろんあった。

 今日も紫蜘は森の中に存在する湖へと顔を出す。

 そこには誰も居ない。森の奥深くに存在するこの場所にはあまり人は訪れない。だからこそ、紫蜘はここで水浴びをしているわけだが。

 着物を脱ぎ、八本の足に纏っていたファーを脱ぐ。それらを脇へと畳んで置く。そうすれば現れるのは人間と蜘蛛のミックスである紫蜘の裸体だ。

 水の中へと足を踏み入れ、八本の足を丁寧に洗っていく。

 あまり時間をかけないように、だけれども汚れがとれるように。もしかしたらここに人が訪れる可能性もないわけではない。だからこそ、見られないうちに水浴びを済ませて家へと帰りたいと紫蜘は思っていた。

 「ふふふふ~ん」

 水浴びをするのが好きな紫蜘はその顔を綻ばせて、本当に嬉しそうに鼻歌を歌っている。その姿は何処までも愛らしい。

 そうやって気分よく自身を洗っている中で、一つの声が響いた。

 「うわっ」という突然聞こえたその声には、驚きこそあれど怯えや恐怖はうかがえない。驚いて紫蜘が振り向けば、何処か嬉しそうな声でこちらを凝視している一人の少年が居た。



 その少年を見て紫蜘は「きゃああああああああああああああ」と悲鳴を上げて、自身の口から噴出させた蜘蛛の糸を少年に向けてしまうのであった。



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