前編
「うんっしょ」
森の奥深くで、声が響く。
季節は夏。一面に広がる緑の中に、人工的に作られた畑が存在する。太陽がさんさんと輝いていた。ミンミンと蝉が鳴く声だって聞こえてくる。
そんな夏の森の畑。そこで一人の少女が畑仕事をしている。肌の色は日焼けした褐色。短くそろえられた髪の色は灰色っぽい褐色、一部の部分のみ白色だ。灰色の真ん丸とした目は前だけを向いている。そしてその頭にかぶるのは白っぽい麦わら帽子。その首からは農作業にぴったりな水色のタオルが下がっている。両手には白い軍手。
そこだけ見れば普通に農作業をする少女である。しかし恰好は少し普通ではない。着ているものは、褐色のつなぎ。しかしその下にはなにもつけていない。背中が大きく開いた構造でありながらノーブラ。そのため異性にとっては刺激が強いことだろう。服越しにうかがえるその胸は大きい。
そんなどこか異質な少女は、人間ではない。少女の正体はキノコの娘の一人――畑 千野である。
愛用の鍬を片手に、畑を耕す。
畑を耕し終えると、種を植え、ジョウロで水をやる。
千野は畑仕事が大好きであった。春も、夏も、秋も、自分の住処である森の中でせっせと畑仕事を行う。まぁ、冬は作物がうまく育たない事もあって、他の事をして遊んでいるが。
それが終われば、別の畑へと向かい、実ってあるキュウリやナスなどを収穫する。それを背中にざるの中へと入れるとせっせと家へと運ぶ。
千野の家は、人間の家と変わらないものだ。というより、その家はシラフィーのようにキノコの娘の力で作ったものではなく、人間たちに手伝ってもらって一から作りたてた木の家である。
「いい汗かいたー!!」
椅子に腰かけたまま、首に巻かれたタオルでその汗を拭く。
その顔は良い仕事をしたと書いてある。机の上には先ほど収穫したばかりの作物たち。
しばらく休んだ千野は、背中に籠を担ぎ、その中に収穫したばかりの作物を詰める。鍬とタオルも持ったまま、その状態で家から出る。相当な重量になっているはずだが、対して重いと感じていないのか千野は涼しい顔で歩いていく。
向かった先は、森から一番近い村である。
村にたどり着いた千野を見て、村人たちは駆け寄ってくる。キノコの娘に畏怖の感情を向ける人間は多いものの、この村の村人たちはいつも作物を持ってやってくる千野の事を受け入れていた。
駆け寄ってきた老若男女な村人たちを見て、千野が浮かべる表情は満面の笑みだ。
千野はシラフィー同様、人間が好きだった。
キノコの娘だからという理由だけで仲間を殺そうとした人間だって見た事がある。
実際に敵意を向けられたこともある。
でも、そんなの関係ないのだ。
醜い人間が居ようとも、暖かい人間はそれと同じぐらいあふれている。
それなのに人間を嫌う理由は千野にはなかった。
「ほら、おすそわけだよ!」
千野はそういって笑って、背中に抱えていた籠を下す。そこに積まれている新鮮な作物を前に、村人たちは顔を綻ばせた。
「あと今日もごはん作ってくれると嬉しいな」
そしてそんな村人たちに向かって千野は言う。
そう、この千野というキノコの娘、作物をおいしく育てる腕は一流なのだが、それを調理する腕は壊滅的にない。
別にキノコの娘は食事をとらなくても生きていけるものの、人間の真似事をするのが好きな千野は人間に料理を作ってもらってそれを食べるといった生活をしている。
「あとこれも使って!」
元気よくそういった千野が、目を閉じて何かを念じれば足元にいきなりそれが出現する。それは、大量のハタケシメジだ。
ハタケシメジのキノコの娘である千野にとって、こうしてハタケシメジを繁殖させることなんて造作もないことだった。
キノコには毒が含まれているものが多くあるが、幸いにもハタケシメジは食用であった。千野はこうして食用のキノコを分け与えられる事がうれしかった。
村の人々がそれらで食事を作ってくれる。それを千野は本当においしそうににこにこしながら食べる。
心の底から嬉しそうに食事をとる千野を見て、村人たちも嬉しそうに微笑んだ。
食事が終われば千野はあそぼーという子供たちの言葉に頷いて、子供のようにはしゃぎまわる。
村人のもとに自分が育てた食材を持っていき、それで料理を作ってもらって食べて、その後は子供たちとはしゃぐ。
千野はそういった日常を過ごしていた。
―――千野の鍬は、畑を耕すために使われる。