ある少女の拒絶事情
駆け足感があります。
グダグダです。
寛容な心で読んでいただきたいです。
…数時間で書き上げた低クォリティです。
我が国の守護神イグロージュ様を祀る大神殿に逃げ込んで、早二時間になります。
目の前で、大神殿を統括する神官長リコリス・ファル・エデュレアが、呆れた顔をしていますが関係ありません。
「いい加減、諦めなさいよ」
「出来ません!」
出来るわけがありません。
あたしの母が王太子殿下の乳母をしていた為、乳兄妹として仲良く接してきました。
けれど、10歳も過ぎれば立場を理解できます。
仲良くすることすら恐れ多い事だと。
それを理解してから、距離を取るようにしてきました。
最初は不満そうでいらっしゃいましたが、お体が丈夫ではない陛下の為に15歳で立太子されてからは不満を出すこともなかったというのに…。
「我慢してたんだから、いいじゃない。王太子もあんたも」
「良くないんです!」
今は亡き聖女トゥリエ様と国軍元帥カルヴァス様の一人娘であるリコリスは、王太子殿下と同じ17歳です。
あ、王太子殿下の本来の乳兄弟はあたしの兄なんです。他国に留学しているので不在ですが。
神官長でなければ王太子妃筆頭候補だったのはリコリスです。実家はエデュレア侯爵家ですから、身分も釣り合います。
本人達いわく、関係は親友だそうですが。
中性的な美貌に加えて絶大な魔力を駆使する王太子殿下と、聖女様の忘れ形見であり若くして神官長を務める美貌の巫女リコリスは、市井でも憧れの二人なのです。
並んで立っている姿はまさに一枚の絵画の様で…。
両親や兄には可愛いと言われても、あたしは平凡な容姿であることを自覚しています。特筆すべきこともなく、家柄もそれなりに歴史はありますが建国からあるとか影働きを担ってきたとか特殊な物ではありません。あげるとすれば、領地が穀倉地帯の一つ、ということくらいです。
ごくごく普通に、平凡に権力とは無縁にのんびりと生きてきました。
山間の小さな国であるムジュファールは、農耕地が少ない上に特産物もないので貧しい国です。餓死者が出るとか荒んでいるとかそこまでではありませんが、隣国に援助を求めなくては厳しい程度には苦しいんです。
その中で、穀倉地帯の一角である領地は重要かもしれません。ですが、王族と釣り合うほどではないんです。
「あんたの外見とか能力とか後見が重要なんじゃないのよ。立場もそう。…確かに、王族に嫁ぐのはまず不可能だろうけど、誰も反対してないでしょ」
「それです! どうして誰も反対しないんですか! 宰相閣下も元帥閣下も、気になるんだったらうちの養女になればいいなんて言うし!」
「だって、あの王太子が意識していった初めての我儘だし。それ以前に、あの王太子の決定に逆らえる奴がいると思ってんの?」
「思いませんよ!」
否定要素を並べて断る理由を探していたのに、それを遮られてしまいました。
あたしが大神殿まで逃げ込んだのは、誰も反対しなかった為に外堀を埋められまくってしまったからです。政治に関連しない大神殿くらいしか、逃避できる場所はなかったんです。
王太子殿下の外祖父に当たる宰相閣下はにこにこと笑いながら迫ってくるし。
リコリスのお父上である元帥閣下は良い笑顔で「とっとと諦めろ」と迫ってくるし。
父上と母上は大喜びだし、兄上からはどうして知ったのか喜びが前面に出た手紙が送られてくるし。
…身内すら!
王太子殿下は、わがままを言う方ではありません。
基本的には物静かで穏やかな方です。
そんな方が言った初めての我儘が、あたしを正妃にすることってどうなんですか!?
しょうがないと納得してるリコリスも神官達も巫女達もどうなんですか!
「諦めなさい。あんた、生涯結婚する気が無かったのは王太子に心底惚れてたからでしょ。その相手に求められたんだから、いいじゃない」
「でも!」
「それに、あんたが言ってる身分とか色々が意味ないってわかってるでしょ? 王太子が選んだ、それが全部をねじ伏せるし超越すんのよ」
「…うぅ」
分かってます。
分かってるんです。
色々言った所で、本当はすごく嬉しいです。恥ずかしいですが。
普段物静かな方が熱烈に求めてくれるのは嬉しいです。とても恥ずかしいですが。
人目とか気にせずに口説いてこられるのはそれだけ求められているということで嬉しいです。非常に恥ずかしいですが。
果てには、あたしが頷かなかったら妻はとらないとか問題発言されて、嬉しくないはずがないです。ものすごく恥ずかしいですが!
…結論として、恥ずかしいんです。
それが分かっているリコリスが呆れるのもわかります。
今までの発言は、恥ずかしさを紛らわせるものなのが大半なんです。
「というか、あんた逃げ込む場所間違えてるわよ」
「へ?」
「確かに基本的に私と世話役の侍女くらいしか入れない神官長の私室だけどさ、関係ないでしょ? 王太子には」
…言われて気付きました。
大神殿の奥宮は、神官長と聖女様の私室が連なっています。正確には、聖女様の私室は完全独立の離宮なのですが。
王と言えども入ることのできない神聖な場所です。
それが常識で通例。
だから、うっかりしてました。
王太子殿下が、その常識を超越している人だってことを…!
「まぁ、そのおかげで全部筒抜けだけどね」
………。
ガチで息止まりましたよ!?
急に出てこないでください!
…あぁ、振り向けません。
「ジェーン、今日こそ返事をもらいたいな」
楽しそうな声ですね。
もう分かってますよね。
分かってて聞いてるんですよ。
知ってます。
あぁ、ニヤニヤして距離とらないでください、リコリス。
真っ赤になってる自覚があるんです。
顔を上げられないのでうつむきますが、笑いながら前にしゃがまれるのが気配でわかります。
「ジェーン、君が嫌ならムジュファール王家は絶えることになるね」
怖いこと言わないでください。その通りですけども!
分かってます。
脅しじゃないことくらい。いえ、口先だけという意味ではなく。
あたしが頷きやすい言葉を選んでくれているということくらいわかっています。
「シュルト様…」
あぁ、もう逃げられない。
リコリスのところに逃げ込んだ時点で、分かっていました。
…いいえ、自分で自分を追い込んだんです。
ここなら、逃げようとする自分を追いつめてくれるリコリスがいて、逃げられないという諦める要素を作りたかったんです。
きっと、リコリスも王太子殿下も分かっています。
それに付き合ってくれたんです。
いい加減、腹をくくるべきなんでしょう。
「…子が出来なくても、捨てないでくださいね」
「それはありえない」
清々しい即答ですね。
貴方にとっては当然の返答でも、王族としては問題ありの返答ですよ。
いえ、嬉しいですけど。
…とろけそうなほどに嬉しそうに微笑まないでください。
心臓に悪いです。
「名を呼んでくれ、ジェーン」
それは、もう逃げ場をなくすためですよね。
「…はい、イグロージュ様」
リュミエールの姫神様と同じく、聖女たる方以外にしか名を許さない我が国の守護神様。
通称、御柱様。
人の身をとって降臨された御柱様、シュルト・ローディア・ムジュファール殿下その人です。
※※※
現在のムジュファール王国の王、ラジュエル・ローディア・ムジュファールは、幼い頃から体が弱く、20歳を超えられるかどうかわからないと言われていた。
その為、同腹の妹であるリンジュは、手元に残しておこうと先代は思っていた。
だが、ただでさえ貧しいムジュファールに飢饉が起き、リュミエールに援助を要請せざるを得なくなった。その際、当時のリュミエール王サフィールは、人質となる王女の輿入れを要求した。
背景には、当時の王太子パトリックの恋人に対する溺愛振りを心配したのと、譲位に伴い王族の王妃を立たせる目的があったようだが、ムジュファール側にはどうでも良い事だった。
条件に無理があるわけではなく、妥当であった為に先代はこれを了承せざるを得なくなる。その後、リンジュに起こった不遇に対して発言権を得られなかったことを、若くして病死するまで悔い続けることになったが。
先代が病床に伏した時、当時の聖女トゥリエの元にイグロージュが降臨した。
イグロージュは鷲の姿でいることが多く、法の神の一柱であり調停を司る。他国同士の紛争や喧嘩の和議などに仲介者として依頼されることが多い。その為、ムジュファールは隣国ホルフェルスと共に中立国家として名高い。
イグロージュ自身、神々の争いを調停することも多い神であり、別名を『見護る者』と呼ばれる程に穏やかな性分である。聖女を選ぶのも、伴侶としてではなく自らの意思を示しやすくするためで、聖女の婚姻に関しては特に気にしない。結果、国軍元帥と結ばれてリコリスを生んだのだが。
トゥリエ越しに伝えられたのは、イグロージュが人の身をとって生まれる事だった。
ムジュファール王家はイグロージュの血を引かない。それは国土にイグロージュの守護が行き渡らないことを意味している。
聖女もしくは賢者と言うのは、神の力を受け止め国土に浸透させる役割を持っている。だからこそ、どの世代に至っても聖女が選ばれて来た。
聖女は神の血を引く必要はないが、神の血を引く神子がいないことで浸透された力が順当に効力を発揮しない結果になっている。
その為、ムジュファールは常に貧しかった。
神が望まない伴侶を押し付けることはできない。イグロージュ自身、自らを祀る民を憐れみはしてもどうでも良い者を妻にするなどありえない。
神の身であるからこそ、の感情であるならば、人の身に降りればいい、と妙な思考回路の結果導き出された結論が、トゥリエの元に降りた神託である。
その降りる場所に、ようやく20歳を超えて安定した王太子ラジュエル夫妻の元を選んだ。
イグロージュの意思に感謝した先代は、その翌年、王太子妃フィレーナの懐妊を知った数日後に息を引き取ることとなった。
さらに翌年、現在の王太子シュルト・ローディア・ムジュファールが生まれた。
シュルトがイグロージュそのものであると知る者は少ない。
成人と共に即位することは決まっており、その時に公表されることとなっている。
知っているのは両親であるラジュエルとフィレーナ、祖母である王太后クレア、国軍元帥カルヴァス、神官長リコリス、乳母シャラと夫のジュアン、乳兄弟テオドールとジェーン、大臣達だ。
人の身であるなら政略による婚姻を受け入れるのは道理として受け入れる体でいるイグロージュだが、知っている上記の人々にとってはそうもいかない。
出来るなら、イグロージュに自らの伴侶を選んでほしかった。今までの歴史で一人もいないことを考えれば、途方もない願いであることは誰にでもわかったが。
だが、その心配は杞憂に終わる。
イグロージュが3歳になった時、乳母であるシャラ・ファル・グレムス準爵夫人がジェーンを出産したことで。
数日後、生まれたばかりのジェーンを見て、イグロージュは瞳を輝かせて宣言した。
この子を我が伴侶とする。それ以外は認めない。
宣言に、その場の一同は呆然としたが数秒の空白の後、狂喜乱舞した。
妃の選出に胃を痛めていた大臣達は、グレムス準爵夫妻ともども王宮の一角の離宮に住まわせてジェーンに妃教育を施していく。王の許可は電光石火で取った上での行動である。
厳しいのでは反発を招くかもと思い、細心の注意を払ってジェーンに妃候補であることを悟らせずに教育を行い、成長を見守って来た。
何も知らない貴族からの縁談は宰相以下大臣達が速攻で握り潰し、異性との接触も最小限にさせた。
当のジェーンは、何一つとして気付かなかった。
外堀は生まれた瞬間から埋められた、というか元から存在しなかったことに。
イグロージュが選んだ伴侶として、聖女として、未来の王妃として、ほぼ王族の女子と大差ない生活環境と教育環境が保持されていたことに。
※※※
「さて…」
うひゃぁ!
危うく変な声を上げそうになりました。
というか、どうしてあたしは今抱き上げられているんですか?!
「リコリス、しばらく籠るから」
「五日経っても出てこなかったら、叩き起こします」
「その遠慮がないところ、結構好きだな」
「光栄です。あと、王太子殿下」
「ん?」
「婚姻前に孕ませないで下さいよ」
何を言ってるんですか、二人とも?!
特にリコリス!
「安心していい。さすがにそれはしない。そもそも、神は子が出来にくい。グルムファルトが珍しいんだよ」
あぁ、婚姻から10年で神子がお二人ですから、確かに珍しいですね。
記録上、どの神でも神子は一人授かればいい方ですし、授かるまでに10年かかるのはざらですから。
…いえ、そうではなく。
だから、二人は何の話をしているんですか。
理解できますけど。理解したくないですけど。
「じゃ、行こうか。ジェーン」
言いながら歩き出さないでください。
しかも、向かってるのは聖女様の私室ですよね。方向的に。
え、あれ?
あたしに拒否権はないんですか?
求婚は受けましたが、こんな急展開は受け入れてませんよ。
というか、この後に何があるのかわかるだけに今から恥ずかしくて仕方ないんですが…。
「あ、あの、イグロージュ様」
「何?」
「まだ仕事が…」
「抜け出してきたのに、今更だね。それに、女官長に行って休みにしてあるから問題ないよ」
うっ、痛い所を…。
というか、前からそうですが根回し早すぎませんか。
最初からそのつもりだったってことですよね。
「ジェーン」
「ひゃいっ!」
ああ、現実逃避してたら変な声が出ました。
笑わないでくださ…いえ、笑ってくれた方が良かったです。
綺麗な微笑みを浮かべながら瞳は笑ってないとか怖いんですが。
何か、怒らせましたでしょうか。
「さんざん逃げてくれたお礼を、たっぷりとしてあげよう」
……わぁ。
これは諦めるしかないですね。
今日だけで、あたしはいったい何度諦めているのでしょうか。
五日後、あたしは果たして無事でいられるのでしょうか…。
翌年、王太子シュルト・ローディア・ムジュファール殿下がイグロージュ様の現身であることが公表され、即位なさいました。
同時に、あたし、ジェーン・ファル・グレムスとの婚約を発表、聖女就任が大々的に広められました。
その一ヶ月後、懐妊していることが発覚し、各国への通達から半年後に大きなお腹を抱えて婚礼を上げることになることを、この時のあたしは考え付きませんでした。
…考え付くはずもありませんが。