プロローグ
初投稿作品です。
ぜひ、楽しんでいただけるとうれしいです。
1人の少年が、真っ暗な部屋の隅で膝を抱えて蹲っていた。時折、部屋がギシギシと揺れた。中の家具はバタバタと倒れ、家の天井には大きな穴があいていた。ボロボロの家だ。いつ崩れてもおかしくない。すでに近所には倒壊している家もあった。辛うじて立っている他の家々も空から雨のように降り注ぐ大きな黒い球体に触れ、瞬時に爆発してしまうのだ。破裂した家の破片が他の家にあたり、さらに他の家を崩していく。
少年のいる家もいつ倒れてもおかしくなかった。あたりにはたくさんの家が崩れたために砂煙が充満していた。少年はあまりの恐怖に体を震わせた。少年の目の前には瓦礫に囲まれて、血を流し倒れている自分の母親の姿があった。血の臭いが砂と混じりあい、更なる恐怖を掻き立てた。
少年は恐怖と不安に打ち震えていた。背後で隣の家がゴウゴウと轟いて崩れて行く音を聞きながら、母親を失った悲しみと恐怖と不安に泣き叫ぶことを必死にこらえようとしていた。
「悪い生き物が襲ってきても、泣き叫んじゃダメよ。あれは声を上げると寄ってくるから。」
そんな母親の言葉が少年の頭の中をずっと渦巻いていた。彼は窓に背を向けて蹲っていた。窓を決して見ようとはしなかった。当然だ。窓には異形の生き物が歩き回っているのだから。
目が空洞になっていて、カチカチと体を小刻みに震えさせながら気味悪く歩いていく骸骨。真っ黒なフードを被った者は指から黒い光を出し、触れられた者は魂が抜けたように地面に倒れこんでしまうのだ。顔が人間のような顔をした鳥は空を駆け、生ける者を探してはフードを被った者に甲高い音を発して伝えた。ピタピタと歩くような音をさせているのは驚くべきことに、植物だった。花びらには鋭い歯があり、逃げ遅れたものを食ってはその体液を吸い尽くすのだ。それらの足音が聞こえるたびに少年は体を震わせ、必死に膝を抱えるのだった。
「いいか、ラフェル。俺は必ず戻ってくるからここでじっとしてるんだぞ。」
兄のルークが言ったのはどれくらい前だろう。ラフェルは兄の帰りを待っていた。父親はずっと前に外へ出ていた。悪いやつらを倒してる。兄がそう言っているのをラフェルは覚えていた。
「母さん、頼んだよ。」
兄が母親にそう言っていたのがずっと昔に思われた。母親も頷き、ラフェルを抱きかかえるのだ。そのとき彼は恐怖しながらも母親の傍にいることで安心することができた。自らが水がほしいと言うまでは。
あまりにのどが渇いた彼は水がほしいと母親にねだったのだ。母親も動く分には安心していた。彼らは目が見えないからだ。音さえ立てなければ、動いているものを襲撃することはできない。そう思っていた彼女は部屋の端の溜めていた水がめに水を取りに行ったそのときだった。水をコップに入れた母親がラフェルの元へ歩いてこようとしたその瞬間、部屋の天井が崩れ、彼女を押しつぶしたのだ。あまりに突然の出来事に彼は一時絶句し、慌てたように母親の元へ駆け寄って、母さん、と叫ぼうとしたときだった。
母親が残された力を振り絞り、自分の口元に指を立てているのが見えた。かすかに母親の口元が動いた。
「静かにしなさい。」
ラフェルは弾かれたように背後を振り返った。そこには、部屋の崩れた音か、はたまたラフェルの駆けた足音に反応したのか、化け物がこちらを向いているのがわかった。ラフェルは恐怖し、口を力の限り閉じて、母親の胸に顔をうずめ涙をこらえた。ラフェルの頭に優しく手が置かれ、そのまま力なく投げ出されるのを、ラフェルは見ずとも感じた。
それから何分だろう、いや何時間だろう。ラフェルは部屋に蹲り、ただじっと座っていた。何も考えないように努力していた。考えると母のことが真っ先に浮かんでしまいそうで怖かったのだ。
すでに外から物音一つしなかった。あの不気味なピタピタという足音も、悲鳴も気味の悪い笑い声も。ラフェルは窓から外をそっと覗いた。日が差し、灰色の瓦礫が山のように積まれていた。柔らかな日差しはラフェルの涙が溢れ出した目に刺さるようにして入ってきた。化け物も見えなかった。ラフェルは振り返って母親の死んだ姿を見て、初めて気づいた。
「僕は・・・生き残ったんだ。」
そう呟いて、緊張の箍が外れたからなのか、ラフェルは大粒の涙をこぼして、母さん、母さんと泣き叫ぶのだった。
・・・少年は生き残ったのだ。たった一人。