第六話『引き金』
「いやあ、夏休みが来ますねえ。夏休みといえば遊びに部活に勉強に忙しい時期でございます。課題をやるのはもちろんのこと、しっかりと仲間との友情を深めて下さい。私が学生の頃はバレーボール部で汗をかいたものです。まあ、今は私の頭がバレーボールになってしまいましたがね。ははは。…。笑っていいんですよここ?まあ、いいです。夏といえばキャンプなどでの怪談話。私の時代も七不思議の話などで盛り上がったものです。そういえば最近この学校でも七不思議の噂を耳にしますねえ。いやあ、楽しいですねえ。生徒の皆様も興味があったら調べてみてください。夏に遊ぶと言っても水の事故などありますので――」
「長い………。」
太陽が、校長の話の長さに文句をつけるようにギラギラと強く照りつけている。だが、太陽のその文句も生徒にとってはただ迷惑なだけである。伏吹高校は、何故か真夏の終業式を外でやることを選び、にもかかわらず変わることのない全国の学校共通たる校長の長話が続いていた。
「でもあれだよなー、校長の話が長いのはいつも同じなのかねえ。」
「確かにな、俺の時もそうだったからな…。まあ、もう50年前になるか。」
「へー!!幽霊歴長いんだな!!」
「まあな、そういう怜斗は?」
「まだ1年経ってないんだ。」
「俺の方が圧倒的に上なんだな…。」
「亮の実年齢はおじさんかっ!」
「初恋の人はもう余裕でおばさんだな。」
『ははははっ!!』
白羽は、自分の上で笑いあっている霊達の話に辟易としつつ、校長と太陽に意識を奪われまいと戦うのであった。
―10分後―
「以上で校長先生の話を終わります、礼。」
結果、白羽の意識は朦朧としていた。
学校全体では奇跡的に病人ゼロであったが、みんな汗だくである。
「以上で終業式を終わります。一年生から順に教室に帰って下さい。」
「やっと終わったんやね…。」
弥呼子が偉業を成し遂げたかのような顔をしながら白羽の横に並ぶ。
「うーん、アタシもうだめぇ…。」
フラフラと覚束ない足取りで青葉がその後ろを歩いている。
「霊は暑さを感じないの…?」
白羽ははっきりとしない意識のせいか、独り言になることを忘れ、怜斗に問いかける。
「おう、気温はあんまり気にならないな。」
「えー、ずるいっ!!」
と、怜斗と白羽の耳に、周囲の生徒の会話が入ってくる。
「七不思議ってさあ」「七不思議が…」「七不思議といえば…」「七不思議の…」「七不思議って…」「確か…七不思議は…」
七不思議七不思議七不思議七不思議七不思議七不思議七不思議七不思議七不思議七不思議七不思議。
夏に相応しい話題であるとはいえ、過度に七不思議に溢れていた。
「うわあ、みんな七不思議の話してる…。」
「でも最近流行ってるよね…。」
「ホ…ホントにいたらウチが浄化してやるんやっ!!」
白羽も青葉、弥呼子と共に七不思議の話を始めようとした時――
「これはちょーっと嫌な状況かもしれないなっ!!」
弥呼子のいる方向とは逆から聞こえた声に反応して、白羽が横を見ると、アイがシレッと学校を歩いていた。
「うわっ、ビックリしたっ!!」
いきなり叫んだ白羽を、青葉と弥呼子が怪訝な顔をして見る。
「シーッ!!白羽お姉ちゃん、あんまり話しすぎると周りから変な目で見られちゃうよ?」
アイが自分の口に指を当てて、シーッ!とジェスチャーするのを見て、白羽は自分の行為に気がつき呟く。
「あ、そっか…。」
声だしてるじゃねえか。そろそろ学んで欲しいものである。
そんな白羽に、アイは苦笑いしながら語りかける。
「とりあえずアイが今の状況について話すから白羽お姉ちゃんは何も言わずに聞いててね?」
「うん、わかった。」
ほらまた喋った。どうやら、白羽の学習能力は皆無なようだ。
アイは何かを悟ったような目をしながら話し始める。
「元々一部では話されてた七不思議の噂だけど、さっきの校長先生の話でこの通り、全校に七不思議が伝わっちゃった。知らなかった人も興味を持って、噂を知ってる人から教えてもらってる。このくらいの人数が一気に興味を持って話題にしたから、もしかしたら概念体が生まれちゃったかもしれないの…。」
今までのアイにはない深刻な表情だ。
「白羽お姉ちゃんには霊が見えるから、もしかしたら普通に人間みたいに歩いてるのが概念体かもしれないから気をつけてね?」
――それは…嫌だなあ…。
白羽は、内面通り、嫌そうな顔をする。
心の中がスケスケである。もとい、まる見えである。
どっちでもいい。
「元々霊はいたみたいだけどねこの学校。何にせよ気をつけてね、白羽お姉ちゃん、怜斗お兄ちゃん!!」
そんな忠告めいたことをして、アイは姿を消した。
――七不思議かあ……。
どこの学校にもつきものではあるが、いざ本当にいると言われると何か冷たいものが白羽の心を満たす。学校を見上げる白羽には、先ほどまでと同じ明るい太陽に照らされているはずの学校に、暗い影がかかっているように見えた。