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Stand Alone Stories

寝惚眼で転生についての思索ついでに書いてみたら何か恐くなった

どうやら俺は死んだらしい。

 例えば今この場で何か不意に、あり得ない事態が生じてしまったとして、果たして自分はどういう心境になるのだろうかと考えてみた。眠れない。眠りたいのに、眠れない。夢の啓示はあてにならない。眠れない。眠りたい。考える。何を。ただ天井の或一点を見つめる。そこには何もない。或いは電灯の紐にぶら下がった安物のストラップが薄暗がりでぼんやりほのりと淡く光を発しているとか、目に留まりはすれど、意識がそれに向くことはない。いや、考える。改めてぶら下がるそれを見つめると、揺れているらしいことがわかる。眠れないため自分が貧乏ゆすりをしているのか寒さに震えているのかとも思うがどちらでもなく、風が吹いているハズもない、すきま風が入り込んでいる事ももしやと思えばあり得ないことではなく、どうにもやりきれない気持ちになってくる。そうではなかった。すきま風が懸念せらるる安普請なれど、疑う余地もあらで、震えたるは地面也。安普請、心配するならこの余震とも言える微弱な震動の震源地を探るのは吝かでないが、眠れない眠れないと布団を離れて机の上の携帯電話の電源を起動する動作を思い描き煩わしくなった。調べてはいないが、余震、と思ったのは、致し方ないことだろうが、ここまで慣れてしまうものなのだろうかという自分自身がどこか楽観している節をふと見つけ、これは綻びではないだろうか等と、脳内論争。体はいうことを聞かない。自分、今日は何をしていたのかふと考える。ひどく疲れていた。身体が動かないほどの疲労であるから、何か苛酷な肉体労働でも強いられたのだろうか、と思い返しても記憶にはない。一体どうしたことだか、生前の記憶は朧気ながら脳内を掠めることがあり、今はどういう状況か冷静に考えようと思ったところだったのだ。俺、そういえばいつもは俺と言っていたから、今からはそうすることにするが、俺は死んだはずだったのだ。死んだ。間違いない。どうしてこうなったのだろうか、と言うのは一先ず置いておこう。先ほど自分がベッドで仰向けに寝そべっているのに気づき、何か夢でも見ているのかもしれないと漠然と思ったところ俺は、寝ることにした。そして、寝たのだ。ぐっすりと。寝すぎた。記憶がはっきりしない。断片的なものだ。俺は死んだはずだが、気付いたら知らない他人になっていたのだから、おかしいとは思ったが、寝た。そして起きたら、疲労がかなり蓄積しているらしいのがわかった。じゃあどうしたことだか、死んだはずの俺は知らない他人にでも乗り移ったとでも言うのだろうか。俺は決して思慮深くはないが、改めて考えようと頭を働かせたらまた眠くなってきた。しかしあれだけ、というとどれだけなのか、時計も見ていないし、部屋がどうなっているのかもわからないが、机の上に携帯電話が置いてあるのはわかるぞ。そして電灯の紐が揺れる程度の感覚的にほぼ無振動な地震でミシミシと悲鳴をあげるのだから安普請らしいのだ、この部屋は。俺は何者かになってしまったらしいのは確かだ。自分がこういう非現実な状況にあるにも拘わらず、眠いから寝ようなどという考えしか浮かばない。だから、あり得ないことが起きた場合の心境はどんなだろうと考えてみたのだが、ちっとも頭が働かない。俺は俺だが、今の俺が入っているところのこの肉体は恐らくえんもゆかりもない他人に違いないのである。だから、訳もわからない疲労感は実際俺に降りかかっているべき感覚ではなく、こいつの肉体に残っているモノであろう、そして俺は眠いのだが、この誰かの肉体は充分に睡眠をとったのか寝ることを頑なに拒んでいるかのよう。そう、自分の肉体ではないものに入っているとはそう言うことなのだ、何かがちぐはぐで、望んでこうなったわけでもないのに肉体は俺を受け入れてくれそうもないのだ、何か失敗しているような感覚である。一体どうしてこうなったのか、生前の記憶をたどるとどうやら俺はクズらしくここで詳述する気は一切失せた。となると、記憶に気になる参考文献があった。何のへんてつもない小説の設定だ。転生。俺は転げ落ちた人生を、やり直す機会を得たのか、購う機会を得たのか、どちらでもあるのだろうが生前の行いを恥じる気持ちがある以上、どこか今までとは違う俺らしい。何故なら、生前の俺はどうしようもないロクデナシでありながらどこかでそれすら誇っている有頂天の最底辺であった。反省はしていない。らしかったのだが、どうしたことだか、その生前の記憶をほじくると古傷を抉るように恥ずかしい気持ちで一杯になるのだから不思議だ。俺は俺だが、果たして俺であっているのか。とりあえず俺には違いないが、生前の俺が自分を反省する人間にはとても思えず、微塵もなさそうな後悔の念を今の俺が抱いてる状況もまるで奇妙で現実味が欠けている。さて、俺は誰になってしまったのか。思慮深くはないといっておきながらここまで思索を広げているのだから、それもあてにはならない。だから、『そういうことにしておこう』と考えた。俺は多分、俺という人間の記憶を植え付けられた誰かであり、この肉体もまた自分のものではない。そうなると、足りないものが出てくる。『俺だった記憶を持っていた人』と『肉体に本来存在するはずの魂ないしは人』である。俺という不確定な存在に、死にたくなるような記憶と使い物にならない疲れきった肉体を押し付けてどこかへいった無責任な連中である。自分自身の記憶がないのに他人の人生の記憶である俺は詳細に覚えている、それだのに明らかにこの肉体は不釣り合いである。腕くらいは動くかもしれないが、今は俺についての記憶を辿って恥ずかしく身悶えしてみるのも面白いだろう、俺の記憶だと思わされているだけで他人の人生の記憶なのに違いなく楽観視できる。なんで死んだのか。駅で痴漢して運悪く電車にはねられた具合の呆気ない死に方をしたクズである。そんなのを自分自身の記憶だと思わされるのは不愉快極まる。こんな履歴は必要ない、何の役にもたちそうにない。さて肉体はどうか、呼吸はまともに行えているが、もしかしてこの肉体の方には別に意識が存在しているのかもしれない。『俺という記憶を押し付けられて俺という存在を取り敢えず享受したはいいものの納得いかないので、言い換えれば記憶喪失の私』と、『変なのが乗り移っていると言うことに気付かず疲れきってねているらしい誰かさん』の二人がこの肉体を器としている場合もある。腕くらいは動かさせてほしい、目を泳がせるのにも飽きたところで、できたら肉体丸ごと明け渡してほしい位だ。クズだった俺は罪悪感で申し訳ない気持ちで一杯だっていうのに体も動かせないんじゃ生殺しにも等しい。可哀想だ。便宜上他人扱いだが紛れもなく自分自身の事、なので笑い話にもならない。『そういうことにしておく』だけで、納得はいかないのだが受け入れるしかないだろう、しかしいつまでもこのままなのはもっと好ましくない。腕を上げてみると、あっさり動いた。すると胸の辺りが痒いような気がしたので、その辺りを指先で軽く掻いてみる。あ、これはもしかするとあせもでもできているんだろうか、今は熱帯夜だし、こう胸が少し大きいとそうすることにもあるのだろうええい何だ此ちょっと待て何だ胸が少し大きいとっておかしいおかしいおかしいおかしいおかしいってねえ何だこれ。改めて、この肉体の本来の持ち主の記憶にもコンタクトを試みてみよう、冷静に。先ほどまで天井の電灯のコード紐、スイッチ紐のストラップを見ていたが、これがどこで売っているかよくわからないものだったので、電気屋で聞いたら置いてないと言うのだから意外だった。仕方なく100円ショップで買ってきたのだ、昨日。なるほど、安普請に住んでいるらしく倹しい生活なのだな。しかし痴漢をするクズの記憶を押し付けられた記憶喪失の私が俺を演じながらさらに女性の肉体でこれから生きていかねばならないのだろうか。きっと貧乏くじを引いてしまったのだ、何かとんでもない罪でも背負っているのかもしれない。ただ、また冷静に考え試してみると、右腕しか動かせない。このまま胸でも揉みしだいたらこいつは目を醒ますだろうか。実際は目も俺の意識の支配下にあるので目は開いているが、多分身体の持ち主であるらしい女性の魂、靈、魄、霊、何にせよ今は眠っている事になっているらしい。さてなぜ俺は記憶喪失らしいなどという根拠があるのかと言えば、名前が思い出せないからだ。だから本当に、起き上がって携帯を開きたいのだが、どうにも。胸を揉んでも何の感慨もわかない、おかしな話だ、自分の身体と言うことになっているかもしれないというのもあるが、生前の俺は痴漢に始まり痴漢に終わった、人生の幕も痴漢で閉じたクズなのに、まったく感情、精神、記憶、何もかも解離している。俺だっておっぱいをずっと揉んでいるのはどうかと思うが、そういう責任は生前の俺に擦り付けておけばいいんだと思う。することがないから胸を揉んでいるのだし、しかもこれだって自分の肉体に違いないのであるからやましいことも微塵もなさそうな気がする。そう言えば、声を出そうとしてもちっとも出ない。やれやれこのまま目を醒ますまで胸を揉んでいるしかないのだろうか。感じたりはしないのだろうか、ちっとも起きない。いや、なんの感慨もわかない時点で俺自身は感じたりはしていないのだが、そろそろ肉体に変化があってもおかしくはないのである。不感症かもしれないが。駄目だ、なんか多分『転生』したには違いないのであるが、あまりにもちぐはぐで、哀しくなってきた。寝よう、眠っている事になっているらしいが俺も寝よう、そうしたら全部の歯車が合わさるかもしれない、そうしたら俺は女性に生まれ変わったという現実を受け止め心機一転頑張れるはずなんだ、眠れなくても眠ろう、ええい、いつまでも胸を揉んでいるのだ、俺は。寝るぞ、俺は寝る、全部夢だったらいいな。きっと夢なんだろう、こんな馬鹿馬鹿しい話があってたまるか。あっちゃいけない。寝よう。おやすみ。また明日、さて明日が来たら起きれるのか、夢が覚めていつも通りの日常に戻るのか、しかし或いは、或いは。


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