鉄組壊滅作戦9
時刻は、既に22時を過ぎていた。
涼音は、自室に籠り、課題と悪戦苦闘中である。
聖理奈は、応接間で自らが代表を務める法律事務所の残務を整理中だ。
大徳寺邸のメイドは、戸締まりの確認の為、屋敷内を巡回している。
そして、執事は、執務室で執務に追われていた。
大徳寺邸内では、各々が普段と変わる事なく過ごしていた。
22時20分。突如、屋敷内の明かりが消えた。
執事とメイドは、懐中電灯を片手に地下の分電盤ヘ向かった。
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『こちら《S》。目標宅のセキュリティシステム解除。管理システム完全掌握』
ワンボックスカーの運転手《S》は、警備会社のホストコンピューターをハッキングし、一時的に大徳寺邸のセキュリティシステムを切り離し、邸内の管理システムを掌握した後、再びセキュリティシステムを繋げた。
これにより、警備会社には、『一時的な停電』とだけ認識されるのである。
ちなみに、『K-team』のメンバーは、苗字の頭文字を取って互いに呼び合っている。
『目標宅への電力供給停止及び全施錠解除』
そして、邸内が停電状態となり、全てのドアが解錠された。
電力供給を断たれた大徳寺邸は、暗く静まり返っている。
一方、屋敷周辺の警護に当たっていた捜査員達は、それぞれの配置付近で倒れていた。
彼らの首筋には、先端が針状の『麻酔弾』が打ち込まれていた。
即効性の為、チクッと感じた瞬間に眠りへと落ちるのだ。
『こちら《M》。目標宅周辺の捜査員全員の沈黙を確認』
更に、邸内への侵入に逸早く成功した《F》は、小型磁場発生装置を特定範囲内の周波数で作動させ、半径50メートル圏内での携帯電話の使用を不可能にした。
『こちら《F》。半径50メートル圏内磁場発生完了』
『こちら《K》。行動開始!』
《K》こと海堂の号令で、メンバーは、音もなく一斉に侵入したのである。
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執事とメイドの2人は、懐中電灯を手に持ち、地下室の分電盤を照らしていた。
執事は、脚立に乗り、分電盤のブレーカーを上げ下げしている。
「おかしいなぁ。ブレーカーが落ちた訳でもないし……」
ガチャ……
『こちら《S》。地下室出入り口ドアの施錠完了』
《S》が、管理システムから地下室のドアをロックしたことにより、執事とメイドは地下室に閉じ込められてしまった。
暗闇の中、1人で応接間に居た聖理奈は、携帯電話の液晶画面の明かりで室内を照らしていた。
携帯電話の電波状況は『圏外』と表示されてた。
これは、ただの停電ではない事を直感した聖理奈は、壁に立て掛けてあるゴルフバッグの中からドライバーを一本取り出し、両手で握り締めた。
ドアの外には、何やら人の気配がする……。
『こちら《J》。これより応接間へ侵入する』
《J》はドアノブをゆっくりと捻り、応接間へ入った……。
ガツッ……!
その時、《J》の後頭部に強い衝撃が走った!
聖理奈は、無我夢中でドライバーを何度も何度も振り下ろした!
そして、《J》の意識は朦朧としてきた……。
その時、屋敷内を索敵中だった《F》が現れ、《J》の後頭部に振り下ろされるドライバーを片手で受け止めた。
「何をしている!?目標は2階だ!」
「す、すまん……」
《F》は、懐から消音器内蔵の拳銃を取り出し、ドライバーを構える聖理奈に対して、何の躊躇もなく引き金を引いた。
パシュッ……!
聖理奈は、発砲の衝撃によって、後ろへ退け反り、尻餅をついてしまった。
そして、《J》と《F》は、すぐさま2階へと上がって行った。
「あいたた……。何よ、もう!」
聖理奈は、腹部に何か違和感を覚え、右手で擦ってみた。
すると、ヌルッとした生暖かいモノを感じた。
「な、何よ、コレ……?」
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「イヤッ……!!」
2階から涼音の悲鳴と騒がしい物音が聞こえた。
聖理奈は、咄嗟に立ち上がると、2階の涼音の部屋へ駆け込んだ!
しかし、既に部屋の中は、もぬけの殻だった。
聖理奈が、ベランダに出て外を見回した時、薬か何かで眠らされた様子の涼音を3人の黒づくめの男達が、連れ去ろうとしていた所であった。
更に、屋敷の外周に沿って、黒いワンボックスカーが正門前に向かって来ている!
聖理奈は、腹部への激痛を感じながらも、すぐさま一階へ駆け下り、男達の先回りをした。
《S》は、ワンボックスカーを正門前に乗り付け、左側のスライドドアを開けた。中から《M》が降りて来た。
《M》は、素早く後方へ回り込み、ハッチドアを開けて3人を待った。
『こちら《D》。多少のイレギュラーはあったが、目標の確保に成功した。間もなく正門だ』
《S》は、管理システムから正門扉を自動制御で開放した。
重圧的な門扉が、ゆっくりと開く……。
扉の中から《D》と《F》と《J》が涼音を抱えて走り出て来た。
3人は、急いでハッチドアから涼音を車内に押し入れると、自分達も飛び乗り、車は急発進した。
20メートル程走ると、予め先回りをしていた聖理奈が、通用口から出て来るなり、走行中だったワンボックスカーのスライドドアにしがみ付いて乗り込んだのだ!
「何て女だ……!」
一同は、驚愕した。
「涼音ちゃんを返して!」
聖理奈が、涼音に手を伸ばそうとすると、運転手の《S》は、蛇行しながら急に右へハンドルを切った!
聖理奈は、勢い余って車外に振り落とされそうになるが、辛うじて助手席のシートにしがみ付いたお陰で難を逃れた。
更に《M》は、聖理奈の体や頭部を蹴飛ばして落とそうとするが、聖理奈は頑として手を放さない!
「総ちゃんと約束したんだから……。絶対に涼音ちゃんを守るって!」
埒が明かないと判断した《K》は、拳銃を取り出すと、聖理奈の額に銃口を向けた。
「お嬢さん。悪いが、ここで終わりだ……」
この時、聖理奈は.『死』を覚悟した。
(……総ちゃん、ごめんね。私……もうダメ……)
《K》は、引き金を引い……
その瞬間、赤い閃光が、《K》の拳銃の銃身を貫いた!
間一髪の所で総介が、ハンドレールガンで撃ち抜いたのだ。
聖理奈は、手の力が抜けたせいで、ワンボックスカーから振り落とされてしまった。
総介は、聖理奈に駆け寄りながらも、走り去るワンボックスカー内から、こちらを見つめる《K》の姿を目で追った。
「聖理奈さん、しっかりして下さい!」
総介は、聖理奈を抱き抱えて必死に呼び掛けたが、聖理奈からの返事はなかった。
そして、 聖理奈の背中を押さえる手にヌルッとしたモノを感じた。
それは、血だった……。聖理奈の白いブラウスが真っ赤に染まっている。
顔色も青褪め、体温も下がってきている。血の気が引いていくのが判る。
その時、総介の頭の中で、あるフラッシュバックが起きた。
総介は、かつてこれと同じ経験をした事があった。
(リノア……)
それは、総介にとってトラウマとなるほどの出来事であった。
「だ、誰かーッ!救急車を呼んで下さいーッ!……早くしないと、聖理奈さんが、聖理奈さんが……!誰かーーーッ!」
総介は、必死に叫び続けた。
夜の閑静な住宅街に、総介の悲痛な叫び声だけが響き渡る……。
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聖理奈が、病院に運ばれてから、既に20時間が過ぎようとしていた。
結局は、騒ぎを聞き付けた付近の住民が救急車を呼び、聖理奈は、神崎グループが経営する某記念病院へ搬送されたのだ。
幸いギリギリの所で、失血によるショック症状だけは免れた様だ。
しかし、弾は、腹部を貫通しており、腎臓の損傷が思った以上に酷く、手術は困難を窮めたが、執刀医の懸命な処置の甲斐もあり、12時間以上にも及んだ大手術は、無事に成功した。
茉里華は、大徳寺邸周辺の現場検証の為、病院へ来る事は出来なかったが、美里亜と虎之介は、大急ぎで駆け付けた。
総介は虎之介に、涼音が拉致された事を告げると、虎之介はその場に倒れ込み、嗚咽を漏らした。
そして、この記念病院の臨時医師でもある美里亜は、執刀医から聖理奈についての詳しい説明を受けた。
「命に別状はありませんが、傷が塞がるまでは、絶対に安静だそうです。今日のところは、私が付き添います。総介さんは、帰って休んだ方が良いですよ」
総介は、美里亜に軽く会釈をすると、力無く出口へ歩き出した……。
「総介君!」
虎之介が駆け寄り、総介の前で立ち止まった。
そして両手両膝を床に着け、頭を下げた。
何と虎之介は、総介に対し、『土下座』の形をとったのだ!
「頼む、涼音を助けてくれ!頼む……!」
虎之介の両眼には、涙が溢れ返っていた。
「す……すみません。ちょっと、外へ行って来ます……」
心神喪失状態の総介は、力無く俯きながらフラフラと病院から出て行った。
「総介さん……」
美里亜と虎之介は、今の総介には何一つ声を掛けてあげる事が出来なかった……。