鉄組壊滅作戦8
総介は、鉄組の『定例総会』を目処に、虎之介のボディガードとして、彼に付き添う事となった。
まずは、社長付きのボディガードとして、恥ずかしくない様に、身なりを整えることから始めた。
当然の様に、聖理奈と涼音が見立て役としてついて来た。
まずは、アル〇ーニでスーツを選び、リー〇ルで靴を選び、美容院ではボサボサ頭をサッパリとカットをしてもらい、次いでに無精髭も剃り、何故かメンズエステまでも行く羽目になってしまった。
当然ながら、それらの費用は全て虎之介のポケットマネーだ。
そして総介は、新しく生まれ変わったのである。
「あの……、どうでしょうか?変ですか?」
総介は、ドレスルームからバツが悪そうに出て来た。
「……本当に、総ちゃん?」
「……ウソ!?」
聖理奈と涼音の2人は、目を見開いた。
総介は、元々顔の造りは悪くはないのだが、無精な性格のせいか、外見に対しては、今まで全く気を遣っていなかったのである。
下ろしたての黒いスーツにピカピカの革靴。そして、バッチリとキメた髪型で総介は、現れたのだ。
総介の余りの変わり様に、2人は不覚にも見とれてしまった。
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社長業は、とても忙しい。
朝、出社したと同時に会議。
移動の車中でも会議。
昼・夕食時でも会議。
とにかく、一日中会議の連続で、休む間もない程の忙しさだ。
結局この日、仕事が片付いたのは、真夜中の2時を過ぎていた。
「どうだ、一日を通しての感想は?」
総介と虎之介は、24時間営業のファミリーレストランへ来ていた。
「いやー、正直に言って、社長さんの仕事が、ここまで忙しいものだとは思いませんでした。それに……」
総介は、店内を見回した。
「私が、いつもステーキや懐石料理を食べているとでも思ったかね?」
虎之介は、接待や商談以外では、こうした24時間営業のファミリーレストラン等で食事を摂る事が多く、本当に時間がない時には、コンビニエンスストアのおにぎりで済ませる事もあるという。
これでは、涼音を構ってあげる事も出来ない。
「今回、君達のお陰で、涼音との距離が、少し近付いた様な気がするよ。ありがとう!」
総介は、深々と頭を下げる虎之介に対し、心なしか恐縮してしまった。
「ところで総介くん、この件が終わったら……、私専属のボディガード兼秘書をやってもらえないだろうか?」
突然のヘッドハントだ。
「いずれは、ウチの婿養子として君を迎え入れたい。行く行くは、私の後を継いで、会社を任せたいとも思っている。どうだろうか?」
総介は、虎之介に相当気に入られた様だ。
確かに、条件としては魅力的だ。今の生活を180度変えるチャンスでもある。
その時、総介の脳裏に、ある女性の言葉が浮かんだ……。
『まだ、多くの人が……、貴方の助けを求めているのよ……。だから……』
彼女は、総介の人生に多大な影響を与えた女性だった。
総介は、しばらく考えた後、こう言った。
「僕の助けを必要とする人達が、まだいる様ですから、その話は、申し訳ありませんが、お断り致します」
今度は、総介が頭を下げた。
「いや、いいんだ!忘れてくれ。済まなかったな」
虎之介の未来予想図は、敢えなく崩れ落ちてしまった。
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大徳寺邸周辺では、茉里華の部下の捜査員達が、6人体制で大徳寺涼音の警護をしていた。
自宅待機3日目に突入し、涼音のストレスはピークに達していた。
「あーっ、ヒマヒマヒマヒマヒマーーーッ!」
16才の涼音は、遊びたい盛りだ。元々、アウトドア派の彼女にとって、『自宅待機』というのは、拷問に等しいのである。
学院には、『短期休学届』を提出したが、逆に学院側からは、授業を受けられない分の課題(宿題)をゴッソリと頂いたのである。
自宅待機の間は、聖理奈が、家庭教師を兼ねて、涼音の勉強を見ていた。
「ねぇ、聖理奈さん。ちょっと、休憩にしようよ!」
始めて10分も経たない内に、このザマだ。つくづく、我慢を知らない娘である。
「ダメよ!この課題をクリアしてからね!」
聖理奈も負けじと言い返す。
コンコン……!
丁度その時、メイドが、涼音の部屋のドアをノックした。
「お嬢様。神崎美里亜様という方が、お見えです」
メイドの後から美里亜が、バスケットケースを持って現れた。なぜか、中身は空である。
「お姉様ぁ!」
涼音が、美里亜に飛び付いた!
聖理奈は、ホッと一息ついた。
美里亜は、手作りのチーズケーキを差し入れにと持って来たのだが、来る途中、捜査員達に配って来たのだという。
「ごめんなさいねぇ……。私ったら、何をしに来たのか分かりませんよねぇ……?」
実際に2人共、暇を持て余していたのは正直な所だ。
特に涼音は、憧れの『お姉様』に会えた事が、よほど嬉しいのか、大はしゃぎだ。
3人は、他愛もない世間話に花を咲かせた。
「総介、どうしてるかな……?」
何の脈絡もなく、涼音が呟いた。
「きっと、テンパってるわね。ああいう堅苦しい場所に慣れてないから、総ちゃんて」
「むぅ……!」
総介の事なら、何でも知っているかの様な聖理奈の口振りに、涼音は、思わず頬を膨らませた。
「2人共、総介さんの事が、好きなんですねぇ?」
涼音と聖理奈のやり取りを眺めていた美里亜が、口を挟んだ。
2人の顔が、急に紅くなった。
「そ……そう言う美里姉は、どうなのよ?」
聖理奈が、お返しとばかりに尋ねた。
「えぇ、大好きですよぉ。総介さんとは、同じ屋根の下で暮らしていますからねぇ!」
「ええーーっ!!」
意外にあっさりと衝撃発言をする美里亜に、涼音は驚いた!
何かと語弊があるが、要するに美里亜所有のマンションの一室を総介が、借りているというだけの話なのだ。
こうして、何気ない日常が、何事も無かったかの様に過ぎ去って行った…。
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鉄組による『定例総会』を3日後に控えた日の夜。
『奴等』が動いた……。
一台の黒いワンボックスカーが、漆黒の夜道を走り抜ける。
「間もなく、目標地点へ到着します」
運転手の男が、後部座席の男達に知らせた。
車内の男達は、運転手を含めて全部で6人。
全員、黒い作業服に黒い目出し帽、暗視スコープ内蔵のサングラスを着用している。
リーダー格の男が、作戦の細かい段取りを説明している。
彼等の正体は、泣く子も黙る……いや、泣くヤクザも黙る『K-Team』のメンバーである。
『K-Team』とは、鉄眞悟の懐刀・海堂勇が指揮する私設特殊工作部隊の名称だ。
拉致・暗殺・破壊テロ活動等の実行部隊として、鉄組に敵対する組織は勿論、自衛隊・警察・政治家に至るまで恐れられている存在だ。
『K-Team』は、元々自衛隊出身の海堂が5人の部下達と共に結成したフリーランスの戦闘部隊であり、世界中の戦地を転々として来た。いわゆる、『戦闘のプロ集団』だ。
「……作戦は以上だ。作戦開始と同時に時計を合わせろ!」
『K-Team』が乗ったワンボックスカーは、大徳寺邸から100メートル程離れた路地裏脇に停車した。
丁度その時、海堂の携帯電話に非通知着信が入った。
『ミスター海堂、私だ。マスターだ』
虎之介の暗殺依頼を一方的に断っておいて、今更、何の用だろうか?
海堂は、不機嫌な態度で電話に出た。
「今、忙しい。手短に話せ」
『君に忠告だ。くれぐれも、《カマエル》を起こさぬ様、気を付ける事だ』
マスターは、それだけ言うと、電話を切った。
(《カマエル》……、確かに聞いた事があるフレーズだ。しかし、何の事だ?何が言いたいのか?……だが、今はそんな事を気にしている暇はない)
「作戦開始だ!」
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虎之介は、珍しく仕事を早めに切り上げ、車で自宅へと向かっていた。勿論、総介も隣に同乗している。
「何だか、楽しそうですねぇ」
後部座席で、鼻歌混じりのリズムをとる虎之介に、総介は尋ねた。
「当たり前だよ。4日振りに可愛い娘に会えるというのに、喜ばない親がどこにいる?」
相変わらずの親バカ振りだ。
車が駅前通りを過ぎた時だった。総介の携帯電話のバイブ音が車内に響いた。着信の相手は茉里華である。
『総介、どこにいる!?』
茉里華は切迫した様子だ。
「茉里華さん、どうかしたんですか?」
『よく聞け、総介!』
彼女の話では、涼音の警護の為に大徳寺邸周辺に配置した捜査員達との連絡が、急に途絶えたのだという。
更に、聖理奈の携帯電話は、電波状況が悪くて繋がらないらしい。
『総介、すぐに社長宅へ向かってくれ!社長の警護は、私が引き継ぐ!……総介!?』
後部座席のシートに置かれたままの総介の携帯電話を虎之介は、拾い上げた。
「警視さん。総介君なら、たった今、飛び出して行きましたよ」
総介は、大徳寺邸へ猛ダッシュで向かった!