鉄組壊滅作戦7
「ハハハ……、いたいた。見つけたぜぇ!」
『ひだまり通り商店街』が、一望出来るとある7階建てのマンションの屋上では、ウルフ=ザ=キッドがライフル銃を構えながら、暗視スコープを覗いていた。
マスターは、その横で『喫茶店ひだまり』周辺の状況を監視している。
この場所からだと、店の中の様子を辛うじて確認する事が出来るのだ。
「……ターゲット確認。距離1200。南東の風2.3。視界レベルは2」
マスターが的確な情報を伝える。
「こんな仕事さっさと終わらせて、寿司でも食いに行こうぜ。マスター!」
ウルフはターゲットに照準を合わせ、引き金に指を掛けた……。
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「ちょっと待って下さい!」
美里亜が、珍しく話の腰を折った。
「今までの話を総合すると、鉄組さんの目的は、社長さんに掛けた保険金なんですよねぇ?そうだとすると……」
(……ッ!!!)
その時、脳内に突き刺さる様な『閃き』を感じた総介は、咄嗟にカウンターに置いてあったステンレス製のお盆を虎之介目掛けて放り投げた!
1キロメートル以上離れたマンションの屋上から撃ち込まれた弾丸は、テラスの窓を貫通し、総介が放り投げたお盆に弾かれ、僅かに虎之介のこめかみを擦った……!
それと同時に、総介は美里亜から預かっていた拳銃を素早く抜くと、反対に外へ撃ち返した!
その瞬間、総介の銃口からは、レーザーに似た赤い光線状の弾丸が発射された!
一瞬の沈黙の後、皆は周りを見渡した……。
弾丸が貫通して、穴が開いてしまったテラスの窓。弾丸のキズ跡がくっきりと残ったステンレス製のお盆。弾丸がめり込んだ壁。
そして、虎之介のこめかみから流れ落ちる一筋の血。
一同は、言葉を失った……。
「お父さん!!」
虎之介のこめかみから流れ落ちる血を目にした涼音が、泣き叫んだ!
「だ……大丈夫だ。かすり傷だから……」
虎之介は、そう言いながら、涼音の頭を優しく撫でた。
「やはり、狙われていたのは、社長さんだったのですねぇ。……あらあら、お盆もこんなにしちゃって……」
美里亜は、床に落ちたお盆を拾い上げた。
「美里亜さん、この銃はいったい……?」
総介は、美里亜から預かった拳銃をまじまじと見入った。
「それはですねぇ、『電磁加速射出砲』の原理を応用して、よりコンパクトにした『ハンドレールガン』て言うんですよぉ!」
一見、小さな喫茶店を営む『癒し系キャラ』の美里亜かと思いきや、その正体は、僅か16才にして米国マサ〇ューセッツ工科大学バイオ工学科を首席で卒業し、在学中に発表した論文『医療に於けるバイオテクノロジー』が評価され、博士号を取得。そして、帰国後、医師免許も取得。更に、軽くて強くて軟らかい新素材『チタニウム合金X』を発明し、『現代の錬金術師』として高い評価を得ているスーパーマッドサイエンティストだったのだ。
ちなみに、『喫茶店ひだまり』の地下には、秘密の研究施設があるという。
「今のは、私を狙ったのか……?」
大徳寺父娘は、共に抱き合いながら、その場にへたり込んだ。
「でも社長、心配する事はありませんよぉ!彼が、お2人の事をお守り致します!別料金で!」
さすがは美里亜である。この非常時でも、商売を忘れてはいない。
「彼は、一体……?」
虎之介が、尋ねた。
「彼の本業は、『国際公認スイーパー』だ。腕は確かだ。私が保証しよう」
茉里華が、総介の肩の上に手を置き、虎之介に説明した。
「こ……国際公認スイーパーなんて……、初めて見たぞ……」
虎之介は、驚きを隠せない。
『国際公認スイーパー』は、世界でもそう多くは存在しない。
それに彼等は、身の回りの安全を保つ為、自身の身分を明らかにしていないのだ。
従って、一般人が彼等の素性について知らないのは、当然の事である。
「……総介、始末したのか?」
茉里華が、向かいのマンションを指差し、尋ねた。
「いいえ、警告ですよ」
笑顔で、そう答える総介の眼は、遥か向こうのマンションの屋上を見据えていた……。
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『ひだまり通り商店街』を見渡す事が出来る7階建てのマンションの屋上では、ウルフ=ザ=キッドがライフル銃を構えたまま、硬直していた……。
彼の背後のコンクリートの壁には、小さな穴が開いており、それが見事に貫通していた。
そして、彼の左頬には真一文字の傷がついている。
「……見たか、今の?……アイツ、俺の弾丸を弾いただけじゃなく、逆に撃ち返して来やがった……」
ウルフの左頬が、赤く染まる。
「アイツ、スコープ無しで、肉眼で……、俺を狙ったっていうのかよ……!?……ありえねぇ、ありえねぇぞ!」
ウルフは、ライフル銃に次の弾丸を込め、再び照準を合わせた。
「ウルフ、もういい。帰るぞ!」
マスターは、ウルフを制止し、帰り支度を始めた。
「何言ってんだ、マスター!?次は必ず仕留めてやるからよ!今度はアイツも……」
カチャ……!
マスターは、ライフル銃を構えるウルフの後頭部に拳銃を突き付けた。
「ウルフ……、戦場では『次』も『今度』もない!作戦の失敗は、『死』につながるのだよ。覚えておきたまえ」
引き金に掛けた指に、力が入る。
「オ……OK、マスター!アンタに従うよ……」
ウルフは、素直にライフル銃を置いて、両手を上げた。
「ああ、良い子だ、ウルフ……」
(間違いないな。あの男、……カマエル)
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広域指定暴力団『鉄組』。
全国に、1500の組や団体を傘下に持ち、約10万人の構成員を抱える国内最大の暴力団組織である。
その頂点に君臨する者こそ、鉄組四代目組長・鉄眞悟である。
彼は、先代から受け継いだ豊富な資金力を元手に、全国各地の中小団体を買収する事によって、その勢力を拡大してきた。
更に、諸外国のマフィアとも連携を取りながら、ヤクザ社会の新しいビジネスを形作ったのだ。
そして今、都心のオフィス街の中心地に、鉄興業本社ビルが、堂々と聳え立っているのである。
そのビルの最上階のフロアでは、鉄眞悟が夜明け色となった街並を眺めていた……。
コンコン…
眞悟の忠実なる右腕・海堂勇が、眞悟のオフィスへ入って来た。
「例の2人組の外国人スナイパーが、大徳寺虎之介の暗殺に失敗致しました。しかも、彼らは、大徳寺虎之介から手を引くそうです」
「フン……構わんよ。所詮は、薄汚い殺し屋不勢だ。替えなら、幾らでもいる。……それにしても、弁天屋の本体を何としても手に入れたいものだな」
眞悟は何としても、来週の『定例総会』までに、国内屈指の大企業である弁天屋物産の経営権を是が非でも手中に治めたいと考えていた。
それと言うのも、最近、組の関連企業・団体が警察に相次いで摘発を受けたことにより、鉄組本体の資金確保に手間取っているのだ。
これでは、『本家』としての面目を保つ事が出来ない。
全国の鉄組傘下の『長』が、一同に会する『定例総会』は、『本家』の豊富な資金力をアピールする絶好の場なのだ。
「海堂!この際、娘でも父親でも構わん。必ず、ここへ連れて来い!」
「……かしこまりました」
海堂は深々と頭を下げ、眞悟のオフィスを出ると、早速携帯電話を手にした。
「海堂だ。メンバーを集めろ!今すぐだ!」
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翌朝、新聞各紙では、昨夜の警察による大失態の記事が、大きく軒を連ねていた。
『容疑者確保後、移送時に狙撃される!』『捜査員に付き添われながらも、被疑者殺害される!』
テレビ・ラジオ・新聞・週刊誌等のあらゆるメディアが、この『失態劇』に食らい付いた。
警視庁は、この件に関して捜査責任者である神崎茉里華警視本人が、釈明会見を行う事をマスコミ各社に発表した。
即日、警視庁記者クラブセンター内特設会場に於いて、会見が行われた。
会見場に茉里華が登場するや否や、場内では物凄い数のフラッシュが焚かれた。
弱冠24才で警視にまで上り詰めたスーパーキャリアが、モデル並みのスタイルと美貌を兼ね備えているとあれば、マスコミが食い付かない訳がない。
その模様は、テレビ中継もされ、局によっては特番を組む所もある程だ。高視聴率間違いなしである。
茉里華は、まず家宅捜査から容疑者確保に至るまでの経緯を説明した。
そして、『容疑者確保から狙撃されるまでの一連の措置に、不備はなかったか?』、『警察に落ち度はなかったのか?』について、検証を交えながら、事細かに説明したのである。
そして最後は、記者団からの質問攻めだ。
茉里華は、一つ一つの質問に対し、懇切丁寧に答えた。
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「ふぅー!」
茉里華は会見終了後、『喫茶店ひだまり』に立ち寄った。
「ご苦労様でした。姉様」
美里亜は、茉里華お気に入りの『スーパー・デラックス・ロイアル・ストレート・アメリカンコーヒー』を淹れた。
茉里華は、コーヒーの香りを堪能しながら、ゆっくりと飲み始めた。
「姉様、お仕事の方は宜しいのですか?」
美里亜は、心配そうに聞く。美里亜も、朝からの会見特番を観ていたのだ。
「後の事は、部下に任せて来たからな。心配ないさ」
茉里華は、今後査問委員会の審議にかけられ、正式な処分が下されるまでは、目立った行動を慎まなくてはいけない。
「ところで、総介達からは、何か連絡はあったか?」
結局、シノブを本庁へ移送したのは、朝方になってからで、その後は、会見の準備やら何やらでゴタついていたのだ。
「いいえ、今のところは何も……」
茉里華は、鉄組から狙われている大徳寺親子に出来るだけ、日常生活を行える様に、ある提案をしていたのだ。
比較的、狙われる危険性の高い虎之介には、総介がボディガードとして側に付き、涼音に至っては、暫くの間、自宅待機とした。
その際、茉里華の部下が数人で、大徳寺本宅の周辺を警護することとしたのである。
そして、万が一にもイレギュラーが発生した場合は、迅速な対応が出来る様にと、聖理奈を涼音の近くに置いたのだ。
鉄組の『定例総会』までの間が勝負と考えた茉里華は、敢えてこの布陣を敷く事にした。
「それはそうと、相変わらずこの店の客は……、むさ苦しいな……」
茉里華は、スーパー・デラックス・ロイアル・ストレート・アメリカンコーヒーを飲み干し、代金3千円をカウンターの上に置くと、黙って店を出た。