鉄組壊滅作戦15
とある記念病院の一室。
聖理奈は、病室で1人、テレビを眺めていた。
午後3時ともなると、ドラマの再放送かワイドショー番組が定番である。
テレビの画面には、芸能レポーターが、アイドル歌手のスキャンダルについて熱く語っている。
「はぁ〜……」
聖理奈は、溜め息を吐いた。
絶対安静とは言え、一日中病室に籠りっ放しでは、気が滅入ってしまう。
それに、眠るにしても、目を閉じると総介の事が気になって、余計に目が冴えてしまう。
聖理奈は、鉄興業本社ビルが建つ方角に顔を向けた。
飛行船が、呑気に飛んでいる。
「総ちゃん、無事かな……」
聖理奈は、何気なくテレビに目を向けた。
ワイドショー番組を放送しているスタジオが、何やら騒ついている。
スタッフが、男性司会者の所へ駆け寄り、原稿を手渡している様子が映っている。
その原稿を黙読した司会者は、『えっ!?』と、思わず声を漏らしてしまった。
『た……只今、入ったニュースです。警視庁は、先程、広域指定暴力団鉄組に対し、壊滅作戦の実行を宣言致しました!』
聖理奈は、枕元のリモコンを手に取り、ボリュームを上げた。
司会者が、コメンテーターに意見を求めたが、この様な事は前代未聞とばかりに、首を捻っている。
しばらくして、アシスタントの女性アナウンサーが、現在、鉄組の関係者と名乗る人物と電話が繋がっている事を伝えた。
ここは、生放送の番組らしく、現場の生の様子を聞き出さない手はない。
運が良ければ、『独占スクープ獲得』というテレビ局側の思惑も否めない。
『もしもし、鉄組の関係者を名乗るあなたに質問しますが……』
『誰でもいいから助けてくれ!奴を何とかしてくれ!……うわあぁぁぁーーー!ブツッ……ツーツーツー……』
通話が、途切れた。
スタジオ内は、 沈黙に包まれた……。
聖理奈は、まさかと思い、美里亜の携帯に電話を掛けた。
呼び出し音が鳴っているのにも拘らず、美里亜はなかなか電話に出ない。
美里亜の携帯電話は、『留守番設定』にされておらず、呼び出し音は、ひたすら鳴り続けている。
聖理奈が、諦め掛けたその時、ようやく美里亜が電話に出た。
「あ、美里姉。今、テレビを観たんだけど、そっちはどうなってるの?」
『……』
「涼音ちゃんは、無事?総ちゃんは?」
『……』
美里亜からの返答がない。
「美里姉……?」
『……総介さんが、本気になってしまいました』
それだけ言うと、美里亜は電話を切ってしまった。
「美里姉。本気って……、何よ?」
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聖理奈からの電話を一方的に切ってしまった美里亜は、携帯電話を置くと、深い溜め息を吐いた。
「聖理奈さんには見せられませんね。総介さんが、あの様に人を切り刻む姿なんて……。しかも……」
モニターの中の総介は、笑っていた。
いつもの『微笑み』とは違い、子供の様に無邪気で純粋に、この時を楽しんでいる純真無垢な笑顔。
美里亜はそう感じた。
(そう……、この事だったのですねぇ)
美里亜は、4年前、総介が帰国して間もない頃、茉里華が、美里亜と聖理奈の2人に『ある話』をした事を思い出した。
『総介とお前達とは、棲む世界が違うのだから、必要以上に馴れ合うな。恋心など、以ての外だ!』
初めは、身分の違いや貧富の差などと思っていた美里亜だったが、今、モニターの中の総介を見て、実はそんな事ではなく、自分達と総介とでは、根本的に歩んで来た道が違うのだと思い知らされる事となった。
華やかな表舞台を歩んで来た自分達とは違い、戦いに明け暮れ、常に死と隣り合わせの日々を過ごして来た事であろう総介との溝が、そう簡単に埋まる筈がない事を茉里華は知っていたのだろう。
茉里華と美里亜は、総介に対し、心惹かれるモノを持ってはいるが、それは恋愛感情とは別モノである。
しかし、聖理奈は違う。
彼女の総介に対する気持ちは、純粋な恋愛感情だ。
幼い頃から、誰よりも総介を一途に想い続けてきた聖理奈に対し、美里亜は姉として黙って見守るべきなのだろうか?
美里亜は、モニターの中で殺戮を繰り広げる総介の姿を黙って見つめていた……。
『美里亜、総介はどこまで上った?』
武装機動隊による突入のタイミングを見計らっていた茉里華が、美里亜に総介の動向を尋ねてきた。
「……」
『おい、美里亜。聞いているのか!?』
モニターに見入る美里亜は、正に『心、此所に在らず』である。
『美里亜、応答しろ!』
「は……はい、すみません……。総介さんは、現在、30階をクリアしました」
美里亜は、自らの両頬を両手でパチンと叩いた。
『……何かあったのか?』
「……いえ、大丈夫ですよ。幹部以外の皆さんは、大方片付きました」
茉里華の心配を余所に、美里亜は平静を装ったが、茉里華は怪訝そうだ。
『美里亜さん、涼音さんの状況はどうですか?
今度は、総介からの通信だ。
美里亜は、40階『超VIPルーム』内の映像を確認した。
「未だ、『行為』には至っておりませんが、涼音さんの貞操に危機が迫っている事には変わりありません。急いで下さい!」
涼音にとっては、危機的状況である。
『美里亜さん、生体感知システムの30階から40階迄のトレーシングデータを送って下さい』
総介は、30階から40階迄を抜粋した生体感知システムのリアルタイムデータを重ね合わせ、生命体を表すそれらの赤印を一つの平面上に置いたデータを要求した。
美里亜は、言われた通りにトレースデータを送った。
総介は、サングラスに半透明で映し出されるトレースデータと自分の現在地点を見比べながら、フロア内を移動した。
そして、立ち位置を定め、大きく深呼吸をすると、ハンドレールガンを真上に向け、引き金に指を掛けた。
美里亜は、その様子をモニターからジッと見つめている。
「……まさか、この人!?」
美里亜のその『まさか』が的中するまでに、そう時間は掛からなかった。
『……美里亜さん、40階の2つの赤印。どちらが涼音さんですか?』
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「涼音ちゃんは、本当に良い子だねぇ」
国松は、涼音に銃身を咥えさせ、身体中を弄りながら、自らの興奮度を上げていった。
アルミ製の銃身は、涼音の唾液によって、黒光りしていた。
そして、自らの下半身を露にし、長太く反った自慢の男性器を涼音の口元に近付けたのである。
「さあ、咥えてごらん」
「……いやで……す」
国松は、それを拒む涼音の額に銃口を向けた。
涼音は、恐怖と絶望に泣き震えながら、国松の男性器に、その柔らかく小さな唇をゆっくりと近付けた……。
その瞬間、涼音の目の前を赤い閃光が過ぎった。
赤い閃光により目が眩んだ涼音は、瞼を押さえながら、その場に屈み込んでしまった。
その直後、断末魔とも言える国松の叫び声が室内に響き渡ったのである。
何と、国松が持つ銃の銃身と共に、自慢の『男の象徴』が赤い閃光によって、断ち切られてしまったのだ!
更に、国松の足下から無数の閃光が矢の如く身体を掠めながら天井へ突き抜けて行った。
「ひゃふ……、ひゃは……」
国松の精神的動揺は凄まじく、錯乱状態にあると言っても過言ではない。
国松十郎太は、完全に壊れてしまった……。
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「む……」
「どうかしましたか、《K》?」
海堂は、大徳寺邸襲撃の際、『マスター』と呼ばれる外国人スナイパーから、ある忠告を受けていた事をふと思い出し、管理システムの復旧に奮闘していた《S》にその事を話した。
「……それで、何て忠告を受けたんです?」
「確か……、『カマエルを起こすな』だったか……」
「……!」
キーボードを叩く《S》の指の動きが止まった。
それと同時に《S》の表情が、見る見る内に青褪めていく。
「何か、思い当たる節でもあるのか?」
海堂が尋ねた。
「《K》……海堂さんは、侵入者が、その『カマエル』という人物だとお思いですか?」
「さあな……。奴の忠告とやらが、気になっただけだ」
(『マスター』と呼ばれる男の詳しい経歴は不明だが、自分達と同じ傭兵上がりだと聞いた事がある)
傭兵やテロリストの間で、『カマエル』と呼ばれる者と言えば、《S》には1人しか思い浮かばなかった。
(神話の時代、神に仇なす者を徹底的に打ち砕く、『殺戮の悪夢』とも呼ばれた天使……)
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《J》と《M》は、35階の大会議場前で、正体不明の侵入者に備えて守りを固めていた。
先程まで、中央階段の階下から聞こえていた阿鼻叫喚の叫び声も、今では静寂さを取り戻している。
そんな中、階段を1段ずつ、ゆっくりと上る足音が聞こえて来た。
『こちら《K》だ。《J》と《M》、聞こえるか!?』
2人は、階段を中心にV字となる様、両端に場所を取り、銃を構えた。
『侵入者の正体が判明した!』
侵入者と思われる足音が、徐々に近付いて来る。2人は、引き金に指を掛けた……。
『こちらの情報に間違いがなければ、奴の正体は……』
階段を上る侵入者の姿が見えると同時に、《J》と《M》は、問答無用で引き金を引いた。
『《殺戮の天使》の異名を持つ……』
2人が放った弾丸は、高い金属音と共に侵入者の手前で弾け飛んだ。
『かつて、《カマエル》と呼ばれた《デリーター》だ!』
間髪を容れず、2発目を撃ち込もうとする《J》と《M》の目の前を銃を握った自らの手首だけが、舞い上がっていた。
『2人共、すぐに撤退しろ!』
2人は、それを呆然と見つめ、後頭部に激しい衝撃を感じた瞬間、それぞれが崩れる様に倒れ落ちた。
『奴は、俺達が単独で敵う相手ではない。早く逃げろ!』
総介は、血塗れの円月輪を拾うと、ハンカチで丁寧に拭き取った。
『2人共、応答しろ!』
もはや海堂の声は、2人には聞こえない……。