鉄組壊滅作戦13
12時30分。
日曜日の都心のオフィス街は、人通りが少ない。
況してや、2千人の警察官を動員し、半径2キロメートル圏内を完全封鎖した厳戒態勢の中では、人影すら見当たらない。
『黒い巨塔』こと、鉄興業本社ビル35階の大会議場では、現在、一年に一度の『定例総会』が行われている真っ最中である。
同ビル45階は、『警備管理管制センター』として使われており、このフロアからビル内全ての警備状況を管理している。
そして、このビルの警備を担当しているのは、海堂勇を責任者とする『K-Team』のメンバー達である。
海堂は、ビル内に設置された1300台の監視カメラの映像を入念にチェックしている。
「《S》、16階の13番カメラの画を出してくれ」
16階で不審者を発見した海堂は、システムマネージャーの《S》に映像のチェックをさせた。
モニターには、キョロキョロと周りを見回しながら、行ったり来たりを繰り返す男の姿が映っている。
「《S》、この男の身元を調べろ」ル
早速《S》は、男の画像解析から、富山県増田組の組員である事を割り出した。
トイレを探している内に迷い込んだのだろうと思われる。
「《J》、聞こえるか?16階13番カメラ付近の男を30階の待合室まで案内してやれ」
『こちら《J》、了解した』
海堂が的確な指示を出し、巡回中の部下達が確実に対処をする。『K-Team』ならではの連携である。
その時、海堂は、地下3階の駐車場で、僅かに動く人影を見逃さなかった。
「地下3階6番カメラ前の人影を確認しろ」
《S》は、生体感知システムと併用して、海堂が地下3階で見掛けたという人影を探索した。
「人影を確認。画像解析終了。静岡県飯田会組員西一と確認。IDカードも発行されていますが……」
海堂は、《S》が読み上げた解析結果に対し、どこか不満げである。
「《D》、地下3階6番カメラ付近にいる男を拘束しろ!」
(静岡には、飯田会という組は存在しない……)
『こちら《D》、了解した。5分で向かう』
《D》は、すぐに地下3階へと向かった。
この時、海堂は、どことなく嫌な緊張感に襲われていたのであった……。
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40階。『超VIPルーム』の扉を開けた国松の目の前には、ひらひらピンクのロリータ衣装に身を包んだ可愛らしい少女が、大きな丸いベッドの上に座っていた。
「名前は?」
「……涼音」
涼音は、俯いたまま答えた。
国松は、涼音の顎の辺りを指で撫でると、ゆっくりと顔を上げた。
涼音の身体は、小刻みに震えている。
「可愛いねぇ、涼音ちゃん。怖がらなくてもいいんだよ。痛いのは最初だけだからね」
何たる、エロジジイか!
国松は、フリル付きのスカートの中に手を入れ、涼音の太ももを弄り始めた。
それでも涼音はジッと耐えている。
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「今年の国松会長の生け贄は?……って、あの娘は、我々が確保した弁天屋物産の社長令嬢ではありませんか!?」
《S》が『超VIPルーム』内の監視カメラの録画状況をチェックしながら言った。
「確か、去年の娘は、『舌使いが下手だ!』とかで会長に撃たれたんだよなぁ」
《M》が咥え煙草で、人差し指をこめかみに押し当てながら現れた。
「あ~あ、この娘も可哀相に……」
《M》は、モニターの中の涼音を見ながら、深い溜め息を吐いた。
「《D》からの連絡はまだか?」
《D》が地下へ下りてから、既に10分が経過していたのだ。
「あれ……!?管理システムが、何者かによってハッキングを受けています。これより、システムファイルを……え!?」
《S》が、ハッカー対策としてシステムファイルのプログラムを書き換えようとファイルへのアクセスを試みたが、システムからの拒否を受けてしまった。
それどころか、システムマネージャーであるはずの《S》のアカウントまでも消去されてしまったのである。
「か……完全に、乗っ取られてしまいました……」
「《D》、《F》、《J》、聞こえるか?大至急、管制センターへ戻れ!イレギュラーが発生した!」
海堂は、落胆のあまり、肩を落とす《S》を尻目に他のメンバーを呼び出した。
『こちら《J》、了解した』
『こちら《F》、了解した』
《D》からの返答がない。
海堂は何度も呼び掛けたが、《D》からの返答はなかった。
「何が、起きている……?」
海堂の眉間の皺に沿って、脂汗が流れ落ちる……。
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『総介さ~ん、聞こえますかぁ?たった今、管理システムのハッキングに成功しましたので、これから涼音さんの所へ誘導しま~す』
天才マッドサイエンティストの美里亜にとって、システムファイルのデータを丸ごと書き換える事など、造作もない事なのだ。
『あれ……?総介さんの側に赤印が点いているのですが、誰か居るのですか?』
生体感知システムのセンサーに反応する赤印が、総介を示す青印の側で点滅していた。
「ハハ……。ちょっとしたお客様です。用事は済みました」
総介は、そう言いながら、《D》の両手両足を縛り、猿轡を噛ませ、車のトランクルームへ放り込んだ。
『総介、聞こえるか!?』
今度は茉里華だ。
『待たせたな。たった今、上から正式に依頼要請が下りたぞ!』
警視庁が、『国際公認スイーパー』の総介に対し、鉄興業本社ビルへの『掃除要請』を出したのである。
『国際公認スイーパー甘井総介。警視庁より正式に依頼する。広域暴力団鉄組の壊滅作戦に、貴殿の力を貸して欲しい!』
茉里華は、インカム越しでありながらも、深々と頭を下げた。
「ご依頼をお受け致します!」
そう言うと、総介は気絶中の《D》を残したまま、トランクルームのドアを閉めた。
『では、早速だが大徳寺涼音の救出に向かってくれ!』
『総介さん、急いで下さい!』
総介は、美里亜の誘導でエレベーターに乗り、40階の『超VIPルーム』を目指した。
総介の両腰にぶら下げた円盤型の武器、円月輪の刃が、蛍光灯の光にチラチラと反射していた。
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鉄興業本社ビル35階の大会議場では、引き続き『定例総会』が行われている。
現在、鉄組系列関連会社及び団体等の前年度に於ける、収支決算報告書に沿った説明が行われている所だ。
そして、ドラッグ、恐喝、人身売買、児童ポルノ等の違法行為で得た収益が大半を占める為、この会合は、『完全オフレコ』で行われている。
従って、中の会話が外部に漏れる事は決してない。……筈だが、現在、ビルの管理システムを美里亜が掌握しているので、中の会話は筒抜けである。
更には、警視庁中央管制センターのスーパーコンピューターを経由して、警察官専用一般回線と繋がっており、鉄組の悪事が警視庁の殆どの職員に知れ渡る事となったのだ。
「社長、お耳を……」
大会議場のステージ袖に座る眞吾の所へ、海堂が小走りで近寄り、何やら耳打ちをした。
その瞬間、眞吾の表情は、一変した。
「私は、少し席を外させて頂く。諸君等は、そのまま続けてくれ!」
眞吾は、そう言い残すと、足早に会議室を出た。海堂も後を追った。
「管理システムが、乗っ取られただと!?公安か?それとも、どこかの組織の仕業か?」
「部下との連絡が途絶えました。侵入者の可能性も否定できません」
これでは、『定例総会』どころではない。
眞吾は、あわよくば、総会内で弁天屋物産の経営権獲得を公表する予定だったが、予定外の邪魔者登場で、それも叶わなくなってしまったのだ。
「海堂、お前は侵入者の始末とシステムの奪還に努めろ!」
海堂は、この時既に『K-Team』主導でビル内の全組員に対し、侵入者の徹底排除命令を出していた。
まず、エレベーターの電源を落とし、非常階段及び東側と西側階段の出入り口を手動切り替えで完全に封鎖をし、中央階段で侵入者を迎え撃つ作戦に出たのである。
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『総介さん、おめでとうございますぅ。35階クリアで~す!』
涼音救出の為、エレベーターで40階を目指した総介だったが、海堂が電源を落とした事により、21階で降りる羽目になってしまったのである。
更に、中央階段以外の各出入り口は手動切替えとなった為、管理システムからの操作が不可能となり、総介自身も罠であると分かってはいるものの、中央階段からの正面突破を決行せざるを得なくなってしまったのだ。
生体感知システムの情報によると、23階から30階までの各フロアで組員達が、侵入者に備えて待機をしている様だ。
総介は、現在、25階までの組員達をあっさりと伸していた。
総介が、26階へ辿り着いた瞬間、何かが前髪を掠めた!
背後のコンクリートの壁には、ライフル銃の弾丸がめり込んでいる。
総介は、咄嗟に壁の陰に隠れたが、弾丸は壁を貫通して総介の頬を掠める。
フロア内は暗く、相手がどこから狙っているのかは、見当がつかない。
総介を暗闇の中から静かに狙う狙撃手の正体は、《F》だった。
彼は『K-Team』メンバー随一の狙撃の名手だ。
今まで、彼が放った弾丸は、一体どれだけの標的の頭を貫通した事だろうか。
《F》は熱感知センサー内蔵暗視スコープを装着し、暗闇に紛れ、総介に狙いを定めた。
実を言うと、《F》は最初の1発目で仕留めるつもりだったが、標的が意外と勘が良く素早かったせいか、寸での所で仕留め損ねてしまったのだ。
(くっ、俺とした事が。腕が落ちたか?)
《F》は3度目の引き金を引いた。
ビシッ……!
また外れた。
《F》には、標的の姿がはっきりと見えている。例え、壁の陰に隠れていようとも、特殊合金製の弾丸で壁を貫通させて標的を撃ち抜く事さえ出来るのである。
しかし、当たらない。そして、彼はこう結論付けた。
(コイツ……、弾丸を避けているのか!?)