鉄組壊滅作戦12
午前9時00分。とある国際ホテルの一室にて……。
一組の男女がテーブルを挟んで、何やら打ち合わせの真っ最中だ。
男性の方は、高級ブランドのスーツを着こなし、初老と呼ぶにはまだ若いが、落ち着きのある紳士だ。
そして、女性の方は……。
「何故、この話をわざわざ私に?……茉里華ちゃん」
男は微笑んだ。
「警察内部に彼等との内通者がいます。それに、警察組織内で信用の於ける人物と言えば、藤堂警視総監……、貴方だけですから。叔父様」
藤堂警視総監は、茉里華達の父親の弟……、つまり叔父にあたる人物だ。
ちなみに『藤堂』は、茉里華達の祖母方の姓である。
茉里華は、鞄の中から数十ページに綴ったリストを取り出し、藤堂へ手渡した。
「これは?」
「警察内部で、鉄組と癒着のある警察官及び職員のリストです」
茉里華は、鉄組への捜査が、いつも後手にまわっている事に疑問を抱き、以前から独自で内務調査を行なっていたのだ。
神崎グループに属する調査会社からセキュリティサービスに至るまで、あらゆる手の限りを尽くして出来たのが、このリストだ。
そして、鉄組と癒着のある警察関係者の数は、約4千人。何と、警察官を含む警視庁全職員の一割弱にも及ぶのだ。
情報漏洩により、捜査が後手にまわったのも、捜査妨害に遭ったのも、警察内部にこれだけの『敵』がいたせいだと納得せざるを得ない。
「……それで、君の眼から見て、その『公認スイーパー』の実力はどうなんだい?」
「実力は、私が保証します!」
茉里華は、自信を持って答えた。
「……分かった、検討してみよう」
藤堂は、茉里華が用意した資料の1つ、『甘井総介国際公認スイーパーに関する公式データ』に目を通していた。
そこには、『Eランク』の文字がはっきりと記載されていた。
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都内有数のオフィス街。平日は、サラリーマンやOL達が、所狭しと行き交う街だが、今日に限っては、人影すら見当らない。
大企業の本社ビルが軒を連ねる中、『黒い巨塔』の異名を持つ、鉄興業本社ビル内で、本日『定例総会』が行われるのだ。
全国の鉄組系列の親分衆が、このビルに集結する事もあり、警視庁は、朝から半径2キロメートル圏内に於ける民間人及び民間車両の侵入を禁止している。
但し、事前に送付されたIDカードを有する定例総会関係車両については、通行が許可されている。
各検問所では、警察官による厳しいチェックが行われている。
「これはこれは、警視庁のアイドル、神崎警視ではありませんか!」
茉里華に対し、ライバル心を燃やす警視浅光は、嫌味を言いながらのご登場だ。
「この現場は、私が指揮を執るので、部外者にうろつかれると大変迷惑なのですが……」
相変わらず、癪に障る物言いである。しかし、茉里華は気にする様子もない。
「私にも、何か手伝わせて頂きたいのだが、……宜しいか?」
「構いませんが、くれぐれも邪魔だけはしないで下さいよ」
(くくく……。私の完璧な指揮能力を目の当たりにして、せいぜい悔しがることだな。神崎茉里華!)
嫌な男だ……。
早速、茉里華は東の検問所がある第2ゲートへ向かった。
第2ゲートは、湾岸地区・千葉・埼玉・横浜方面からの車両が多く、4つのゲート中、通行車両の数が一番多い。
そのせいか、警察官達による車両チェックは比較的緩いのだ。
警察官達は、車内及びエンジンルームとトランクルームを一通り確認し、サクサクと数をこなしていた。
その頃、第2ゲートの車列の中に、茉里華が用意した高級外車に乗った総介の姿があった。
総介の車が、ゲート到着まであと1台という時に、誘導係の警察官の所へ茉里華が歩み寄り、何やら話を始めた。
話の内容は聞き取れないが、男の警察官が茉里華に何度も頭を下げ、恐縮している様子が見受けられた。
そして、男の警察官は、茉里華に促される様に、その持ち場を離れたのである。
恐らく、後の事は自分に任せて、彼に休憩を取るようにとの指示を促したのだろう。
通常、ゲート通過の際の車両チェックは、三人一組で行われる。
1人が運転手のIDカードと車内を確認し、残りの2人はエンジンルームとトランクルームを調べる。
所要時間は、1台に付き1分と掛からない。
今、前の車がゲートを通過した。いよいよ総介の番である。
携帯スキャナーを手にした茉里華が、近付いて来た。
「IDカードを確認します。お手数ですが、トランクルームとエンジンルームを開けてください」
落ち着いた口調で指示を促す茉里華に総介は、予め彼女から貰ったIDカードを提示した。
後部座席の床に、円月輪の一部が見えていたが、茉里華は見て見ぬ素振りだ。
茉里華は、IDカードをスキャンすると、他の警察官達に気付かれない様に、カードと一緒にサングラスを手渡した。
トランクルームとエンジンルームを調べていた警察官達が、『異常無し』を告げると、総介は車を発進させ、第2ゲートを通過したのである。
手筈通りだ。
これで総介は、誰にも怪しまれずに、『黒い巨塔』への侵入に成功したのである。
後は、茉里華からの合図で『掃除』の開始だ。
総介は、待機する間、茉里華から手渡されたサングラスを着けてみた。
『システム起動……』の文字が、半透明で映し出される。
『聞こえますか、総介さん?』
美里亜の声だ。
「み、美里亜さんですか!?このサングラスは……?」
『総介さんのお役に立てたらと思い、茉里華姉様に頼んでお渡ししたのですが……、ご迷惑でしたか?』
「いいえ、助かります。大事に使わせてもらいますよ!」
地下でも、通信感度は良好だ。
この鉄興業本社ビルは、神崎のグループ会社が設計から施工までを手掛けた為、設計図や設備等の資料を美里亜は、簡単に手に入れる事が出来たのである。
更に、美里亜は同ビル内のセキュリティシステムにリンクして、監視カメラの映像チェックを可能にしたのだった。
『これから、総介さんがいる地下3階の見取り図を送りますね?』
総介の視界には、このフロアの見取り図が、半透明で映し出されている。
これに、生体感知システムのリアルタイムデータを重ね合わせると、このフロアのどこに人が居るかを瞬時に把握出来るのだ。
現在、このフロアには、中心に青い点印が1つ確認出来る。それ以外に、赤い点印の表示がないので、このフロアには総介しか居ないという事が判る。
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正午。鉄興業本社ビル35階の大会議場では、全国から鉄組系列組織の長達が、一同に会する『定例総会』が始まろうとしていた。
まず、『裏経済界の首領』と呼ばれる国松十郎太がステージに上がり、開会の言葉を述べた。
『現在、日本経済は出口の見えない闇の中にある。しかし、それは『表社会』の経済に限っての事。実は、『裏社会』の経済は、大変に潤っているのだ!』
つまり、不況が長く続くと、人々の心は荒み、麻薬・性・博打・暴力等のアングラ的な物に縋る傾向がある。
それは、諸外国でも同様であり、現在各国で起きている紛争や抗争の多くは、先の見えない不況が原因とされている。
鉄組との癒着の深い大手機械工業社は、秘密裏に武器の製造を行い、それを鉄興業を通じて世界各地の紛争地域へ輸出しているのだ。
当然、鉄組は公的機関との癒着もあるので、ノーチェックで『商品』の輸出が可能なのだ。
『……以上の事から、今の日本経済を支えているのは、紛れもないアングラ経済である事を念頭に置き、今日の『定例総会』を成功させて頂きたい!』
場内は大喝采だ。
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「フン!元日銀総裁が何を言う!」
モバイルパソコンから美里亜のシステムにリンクし、今の国松の演説を聴いていた茉里華が、吐き捨てる様に言った。
その頃、美里亜は、自宅地下研究所のスーパーコンピューターから、鉄興業本社ビルのホストコンピューターにアクセスし、1300台ある監視カメラの映像を一台一台チェックしていた。
「涼音さんは、いったいどこに居るのでしょうねぇ……?」
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演説を終えた国松は、ステージの袖に立つ眞吾の所へ歩み寄った。
「相変わらずの名演説振り、痛み入ります」
眞吾は、蒸しタオルを手渡すと、国松はそれを手に取り、顔を拭いた。
「会長、例のモノをご用意して御座います」
「年々、質が落ちている様だが……?」
「ご心配には及びません。今年は、極上モノです。万が一お気に召されなければ、昨年同様、処分なされても結構です」
そう言うと、眞吾は拳銃を国松に手渡した。
国松は、眞吾の側近に案内されながら、40階の『超VIPルーム』へと向かった……。
「ちゃんと、撮っておけよ。ジジイとガキの絡みは、マニアに高く売れるからなぁ!」
眞吾は、不敵な笑みを浮かべ、国松の後ろ姿を見送った…。
国松は、眞吾の側近と共に、『超VIPルーム』の前に立った。
「それでは、心行く迄お楽しみ下さい」
眞吾の側近は、その場を後にした。
国松は、期待に胸を膨らませながら、その重厚な扉をゆっくりと開けた……。
部屋の真ん中の大きな円形ベッドの上には、ひらひらピンクのロリータ衣装に身を包んだ少女が座っている……。