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スイート・スイーパー  作者: やまじゆう
鉄組壊滅作戦編
11/18

鉄組壊滅作戦11

  涼音は、眞悟のオフィスから軟禁部屋へ戻って来てから、ずっと部屋の隅で塞ぎ込んでいた。

  同室の2人は、見て見ぬ素振りだ。ここでは、『他人への干渉はしない』というのが鉄則である。

  いつ自分達の身に、危険が迫るとも知れない状況の中で、彼女達には、他人を気遣う余裕などないのだ。

  借金の返済が不可能と判断された場合、臓器又は身体を売って返済をする事しか彼女達に残された道はない。

  彼女達にあるのは、退屈な日常と迫り来る死への恐怖だけだった。

  美香は、そんな軟禁生活をもう3年近くも続けてきた。

  最初は、母親の手術費用を補う為に、父親が借りた借金から始まった……。

  事業の失敗により破産した父親に対し、融資を引き受ける貸金業者は、どこにもなかった。

  唯一、鉄興業を除いては……。

  鉄興業から融資を受ける際、『父親は自分に3千万円の生命保険を賭け、受取人を娘の美香名義とし、返済期間を3年』という契約を結んでしまったのである。

  そして、今日がその返済期限日なのだ。


  「大丈夫かい、涼音ちゃん?……こんな可愛い娘に何て事をするんだろうね、あいつ等!」


  美香は、涼音の背中を擦ってあげた。


  「……アイツは来る。必ず来てくれる……!」


  涼音が、小声で呟いた。


  「アイツって……?」


  涼音は、美香に総介の事を打ち明けた。

  そして、ここへ連れられて来た経緯(いきさつ)や母親の事も洗いざらい美香に話したのである。


  「……アンタも、若いのに色々と苦労してるねぇ。でも、アンタには総介さんていう希望があるじゃないか!」


  美香は、涼音を励ます為に『嘘』をついてしまった。

  ここに来た女達は、2度と生きて外へは出られない事を美香は知っていた。

  軟禁生活が長いと、そういう情報は嫌でも入って来るものだ。

  涼音の母親・早苗もまた……。


  ガチャ……!


  組幹部と思われる男が、舎弟を連れて入って来た。


  「おい、美香ぁ。お前の親父なぁ……、死んだぜ!」


  「……!」


  一瞬、美香の身体を電気が走った!

  今日の昼間、下町の小さなボロアパートの一室で、美香の父親が首を吊っているのを大家が見つけたのである。

  遺体の側の小さなテーブルの上には、『スマナイ、美香』と書かれた遺書と3千万円の生命保険証書が並べてあったという。

  美香は、父親の死を嘆く一方、『もしかすると、晴れて自由の身になれるのかも知れない』という期待感を心のどこかに募らせていた。

  もちろん、その根拠はどこにもない。

  しかし、すぐにその僅かな『望み』は、粉々に打ち砕かれる事になる。

  男の説明では、父親の保険金3千万円が下りたとしても、借金・保険料・美香の三年間の食費等を差し引くと、不足分が出るというのだ。


  「そ、そんな……!」


  「約束通り、身体で払って貰うぜ!テメエの心臓1つで借金が帳消しになるんだから、安いもんだろ?」


  男が美香の腕を掴むと、美香はそれを振り解き、部屋の中へ逃げ込んだ!


  「いやだーッ!死にたくないッ!私は生きるんだーッ!」


  美香は泣き叫びながら部屋中を逃げ回るが、すぐに男の舎弟に捕まってしまった。

  それでも尚、必死に抵抗する美香に対し、2人の男は殴る蹴るの暴行を加え、彼女を袋叩きにしたのである。

  大人しくなった美香を部屋の外へ連れ出そうとする2人に、涼音は美香の腕を掴んで引っ張った。


  「お願い、美香さんを放してあげて!」


  舎弟は涼音の手を払い解くと、床へ突き倒した。

  男達2人は、やっとの思いで美香を部屋の外へ連れ出した。


  「涼音……ちゃん……、アンタの……希望を信じなさい……。その人は……必ず……、来るから……」


  パンッ……!


  銃声が響いた。その瞬間、フロア内は静寂に包まれた。

  うつ伏せになりながらも、未だ尚、手を伸ばし続ける涼音を尻目にドアはゆっくりと閉じていく……。


  「美香さ……ん……」


  涼音は、その場で泣き崩れた。


  「……これで分かったでしょ?」


  同室の2人が、涼音の体を抱き抱えて起こした。


  「私達もいずれ、あの人と同じ運命を辿るのよ……。ここにあるのは、退屈な日々と死の結末だけなの」


  2人はそう言い残すと、居間へ戻り、再びテレビを観始めた。


  (それでも私は……、信じてる……。アイツが来るのを……)


 ・

 ・

 ・


  調査開始14日目。

  総介が、虎之介の依頼を受けて調査を開始してから、丁度2週間目の朝を迎えた。

  『喫茶店ひだまり』が入るマンション2階の一室では、朝から総介がゴソゴソと何かを探していた。


  「おかしいですねぇ。確か、この辺に置いたはずですが……」


  探し物が見つからず、困り果てる総介の後ろに、美里亜がいつの間にか立っていた。


  「探し物って、コレですか?」


  美里亜は、2枚の円盤を手に持っていた。

  正確に言うと、直径20センチ程のドーナツ型円盤の形状で、丸くくり貫かれた中心部分には、十字の取手が付いており、円盤の外周は鋭い刃となっている代物である。

  それは、『円月輪(チャクラム)』といわれる武器だ。


  「何故、美里亜さんがそれを……?」


  総介は、恐る恐る尋ねた。


  「たまには、メンテナンスをしておいた方が宜しいかと思いまして」


  美里亜は、ニッコリと微笑んだ。

  総介は、そのドーナツ円盤型の武器をあまり他人に見られたくはなかった。

  何故なら、それは今まで数多くの人間の血を吸ってきたモノのだから……。


  「これが無いと、お仕事に困るんですよね?」


  美里亜は、総介に円月輪(チャクラム)を手渡した。

  しかし、総介が手にした円月輪(チャクラム)は、新品同様の輝きを保っていたのである。


  「相当使い込んでいますね?ヒビやキズは補修しておきましたよ」


  更に、美里亜が発明したという、軽くて強くて軟らかい新素材『チタニウム合金X』もコーティング済みだ。

  もちろん『刃』も磨いてある。


  「それと、もう1つ秘密兵器があるんですよ。じゃーん!」


  美里亜は、黒のラメがかったジャケットを出して広げた。

  当然、この生地にも『チタニウム合金X』が編み込んである。防弾チョッキならぬ、防弾ジャケットだ。


  「あ……ありがとうございます。美里亜さん」


  美里亜は、総介に着せてあげようと、総介の背後に回り、ジャケットの袖を広げた。

  総介は恐縮しながら袖を通した。 すると……

  美里亜は、総介の背後から腕を回し、静かに抱き締めた。


  「……総介さん、あなたにどの様な過去があったとしても、私達は貴方の事が大好きです。その事だけは、憶えておいて下さいね」


  美里亜は、総介の首筋にキスをした……。


  「……行ってらっしゃい」


  「……行って来ます」


  総介は、美里亜の手を胸の辺りで握り返した。そして、ゆっくりと美里亜の腕を解き、静かに部屋を出た……。

  美里亜は、天井に顔を向け、溜め息を一つ吐いた。


「……あんなに広い背中だったなんて、今まで気が付きませんでしたよ。総介……」


 ・

 ・

 ・


  次に総介は、聖理奈が入院している記念病院へ足を運んだ。

  そして、面会の受付を済ませ、聖理奈の病室を訪れた。

  病室へ入ると、花束や果物等が所狭しと置かれていた。

  昨夜は、見舞いの客でさぞかしごった返していたことだろうと想像がつく。絶対安静の筈なのに……。

  聖理奈は、窓際のベッドで寝息を立てていた……。

  総介は、聖理奈の寝顔を覗き込んだ。顔に付いた擦り傷が痛々しい。

  よく見ると、意外と可愛い寝顔だったりする。

  総介は、聖理奈の寝顔を見つめたまま、幼い日の頃を思い出していた……。

  三姉妹の中でも一番の泣き虫で、いつも総介の後ろを付いて来ていた1つ年下の女の子が、今では弁護士として、第一線で活躍する程にもなったのだ。

  窓の外からカーテンを揺らして、そよ風が入って来る。

  総介は、窓から身を乗り出し、空を見上げた。

  真っ青な空の中に、何かの広告を掲げた飛行船が、ゆっくりと飛んで行く。

  総介は、その心地良いそよ風を受けながら、束の間の平和な時間を身体で感じた。


  「……さて、行きますか」


  総介は、聖理奈のベッドの横に立ち、深々と一礼した後、病室を出ようとした……。


  「何も言わずに、行っちゃうんだ……」


  総介が振り返ると、聖理奈がジャケットの裾を掴みながら、総介を上目遣いで睨んでいた。


  「す……済みません。起こしてしまいましたか?」


  「総ちゃんが来た時から、ずっと起きてたわよ!」


  狸寝入りだ。

  総介が、バツが悪そうにしていると、聖理奈は総介のジャケットを更に引っ張り、顔を近付けた。


  「こんな時、どうすると良いか知ってる?」


  「い……いえ」


  「……黙って、キスをするの」


  聖理奈は、ちょっとはにかんで見せた。そして、ゆっくりと目を閉じた……。


  チュッ……


  総介は、聖理奈の額に軽くキスをした。


  (う~ん、まあいいか……)


  聖理奈が期待していたものとは少し違ったが、非ロマンチストの総介にしては、かなりの進歩だ。


  「総ちゃん。ちゃんと帰って来るのよ、約束だからね!」


  聖理奈は小指を立てて、『指切り』の真似をして見せた。


  「必ず、涼音さんを連れて帰って来ます!」


  そう言うと、総介はニコッと微笑んで病室を後にした。


  (ゾクッ……!)


  聖理奈は、総介の笑顔の中に、一瞬得体の知れない何か『狂気じみたモノ』を感じたのである。


  「気のせい……よね……?」

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