鉄組壊滅作戦10
涼音は、暗闇の中にいた。
何も見えない、何も聞こえない、漆黒と静寂の中。
ここは、涼音だけの世界。誰も入っては来られない、涼音1人だけの世界。
やがて、一筋の光が射し込む。
その光は次第に『手』の形となり、涼音の目の前で広げている。
涼音は、恐る恐る手を伸ばし、『光の手』を掴んだ。
それは、何とも暖かくて心地良い『手』だろうか?
握っているだけで、安心できる……。
「大丈夫ですか、涼音さん?助けに来ましたよ」
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(夢……?)
(何で、あんな奴の夢なんか……)
涼音は、周りを見渡した。どうやら、マンションの一室のようだ。
「痛ッ……!」
薬の効力が、まだ切れていないせいか、頭の中がズキズキとする。
取り敢えず涼音は、外へ出る為に玄関へ向かった。
しかし、ノブを回しても、鍵が掛かっていてドアは開かない。
しかも、鍵は外側からしか開けられないタイプの様だ。
「どうして、こんな……」
涼音は、ドアに凭れ掛かった。
「アンタも、親の借金の肩代わりに連れて来られたのかい?」
涼音の目の前には、30代半ばと思われる女が立っていた。
涼音は、唖然とした。
「私は美香。アンタは?」
「涼音……です」
美香は、涼音の手を取って居間の方へ連れて行った。
10畳分位ある居間には、他に2人の女性が座ってテレビを観ていた。
「2人共、新しい子が来たよ!……ほら、アンタも挨拶しなさい!」
「す、涼音です……」
涼音は、軽く頭を下げた。
美香は、この状況を今ひとつ理解出来ない様子の涼音に対し、本人が置かれている現状の説明を始めた。
まずこの場所は、鉄興業本社ビル内のワンフロアであるという事。
そして、同じ様な造りの部屋が、このフロア内には幾つも存在する事。
更には、同じ様な境遇の女達が、他にも居るという事……等。
ル
「ここに居る女達は、皆、親族が作った借金の肩代わりとして鉄組に連れられて来たんだよ」
そう言えば、シノブがその様な事を話していたのを涼音は、思い出した。
「それじゃあ、お母……大徳寺早苗って人を知りませんか?」
涼音は、『母親がここに居るのではないか?』という期待感を胸に込めて尋ねた。
「ああ、その人なら……」
ガチャ……!
美香が答える間も無く、玄関のドアが開き、金髪と茶髪の2人の若い男の組員が中に入って来た。
「お前か?海堂さん達に拉致られて来たっていう女は」
金髪男は、涼音を品定めをする様に全身を見入った。
「ふぅ~ん、結構可愛いじゃん!」
金髪男は、そう言いながら涼音の頬を馴々しくなぞった。
「イヤッ!」
涼音が咄嗟に手を振り払うと、金髪男は逆上したのか、いきなり涼音を殴り倒してしまったのである!
「このガキ、ナメやがって!」
「オイ、よせ!」
倒れた涼音を執拗に蹴り飛ばそうとしている金髪男を茶髪男は、体を張って止めている。
「……まったく、遣いの一つもロクに出来ねぇのか?」
鉄眞悟が業を煮やして、上のフロアから下りて来た。
「か、頭ぁ……」
眞悟は、頬を赤く腫らして床に倒れている涼音を見ると、金髪男を一睨みした。
「俺は、大徳寺の娘を連れて来いと言ったんだがなぁ……」
眞悟は胸元に手を入れた。
「だってよぉ、この女が先に俺の手を……」
パン!
その瞬間、眞悟は金髪男の頭を撃ち抜いた!
金髪男は、側頭部から鮮血を吹き上げながら、涼音の目の前に崩れ落ちた。
「ひっ……!?」
涼音は、声にならない悲鳴を上げた。
金髪男の頭から流れ出る大量の血が、灰色のカーペットに染み込む。
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涼音は、最上階の眞悟のオフィスへ連れられて来ていた。
「お嬢ちゃん、ウチの若い者が、手荒なマネをして悪かったな」
「……」
涼音は、俯きながらジッとソファに座っている。
「人が死ぬところを見たのは、初めてか?」
眞悟は、涼音の隣に座ると、涼音の後ろ髪を掻き上げ、首筋を唇で愛撫した……。
「……!」
眞吾のその行為に涼音は、『ピクッ……』と、反応を示した。
「人間てのは、呆気ないモノだろ?」
次に眞悟は、涼音のTシャツの中に手を入れ、胸を弄り始めたのである。
「や……やめて……下さ……い……!」
涼音の身体は、小刻みに震え出した!
「さっき、お前を殴った奴。頭を撃ち抜いた途端にコロッと逝っちまうんだからなぁ……」
眞悟の手は、涼音の内股を撫で始めた。そして徐々に……!
「イヤッ!」
涼音は、眞悟の手を振り解いた!
「さすが母子だな……。良い感度だ。これなら、国松のロリコンじじいも大喜びだなあぁ」
眞悟は、早苗の事を知っていた。このビルのどこかに監禁されているに違いない!涼音はそう思った。
「お、お母さんを……返して下さ……い……」
涼音は、身体を震わせながら、か細い声で懇願した。
「その女の事、マナブなら知ってるぜぇ。……ってアイツ、確か死んだんだよなぁ?ハーッハッハッハッ!」
高らかに笑う眞悟の背後で、涼音はソファに深く蹲り、身を丸くした。
(パパ……、私……もう……ダメ……!)
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(助けて、総介……)
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病院を出てから、どの位歩いたのか、本人にも分からない……。
目的も無いまま、黙々と歩き続ける総介だったが、気が付くと、昨夜の事件現場にいた。
既に警察による現場検証も終わり、周囲は、再び閑静な住宅街へと戻っていた。
ふと総介は、足下のアスファルトに目を向けた。
現場検証終了の際、警察によって消さた筈の聖理奈の血痕が、未だ所々に残っている。
昨夜、この場所で聖理奈は、鉄組のワンボックスカーから振り落とされたのである。
駆け付けた総介が、聖理奈を抱き抱えた時のヌルッとした感触は、今でも手に残っている。
総介は手のひらをジーッと見つめた……。
ポツポツと当たる雨が、次第に強くなる。
「……聖理奈さん、本当に……すみません。僕が…もっと早く…来る事が出来たなら……」
(あの時も、こんな雨だった……)
総介の頭の中で、再びフラッシュバックが起きた。
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雨が降り続いている……。周りは、瓦礫と死体の山……。
目の前には、瓦礫の中に埋もれた傷だらけの女性が、総介を見つめて微笑んでいる。
「くっ……、ごめんなさい、リノア……。僕がもっと強かったら……」
赤毛の少女リノアは、涙ぐむ総介の頬を優しく撫でた。
「本当に….…、泣き虫なんだから……、総介は…。男の子なら……、強く……なりな……さい……」
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(リノア……、また僕の所為で、大切な人を傷付けてしまいました……)
「……聖理奈が無事で良かった。お前のお陰だな、総介」
ずぶ濡れになった総介の背後から、茉里華が傘を開いて差し延べた。
しばらくの間、雨音だけが2人の時を刻んだ……。
「……スコットランドヤード時代、毎週のように殉職者が出てな、上司がその都度、遺族へ報告するんだ」
茉里華が話し始めた。
茉里華は、『スコットランドヤード』での研修時代、管理者としてのノウハウを学ぶ為、日頃から上司に付いていた。
殉職者の遺族への報告は、上司の役目でもあった。
「私は幾度となく、その場に居合わせ、上司の辛い心中を察したものだった」
上司の報告に対し、遺族が泣き崩れる様子を茉里華は、ただ黙って見ているしかなかった。
「まさか、自分にその役目が回って来ようとは、今日まで思ってもいなかったよ……」
茉里華の表情が、急に暗くなった。
大徳寺邸の警護の為、周辺に配置していた捜査員の内の1人に、2発の麻酔弾が打ち込まれていたのである。
1発では効かなかった為に、もう1発打ち込まれたのだろうと思われる。
その若い捜査員は、麻酔薬の多量摂取によるショックが原因で帰らぬ人となったのだ。
「彼は、母親と2人暮らしでな……。母親に『息子を返せーッ!』って泣き付かれたよ……」
茉里華は、傘を下ろし、総介の背中にコツン……と額を付けた。
「辛い……辛かったよ、総介。……私はもう、あんな思いは、したくない。……これ以上、悲しむ者を……増やしたくはない。だから頼む。奴等を、鉄組を……」
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「……潰してくれ!」
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降り頻る雨が、2人を濡らし続ける……。