第九話 未来の攻略対象、顔だけ先に拝む
ゲームでのクロードは、端正で落ち着いた容貌、静かな知性を感じさせる目元——確かに、この少年が成長したらクロードになる。
(もう、すでにかっこいい……)
……いや、今はそこじゃない。
クロードの顔面に心を持っていかれそうになるのを、私は必死で引き戻した。
私はセリアの手をそっと引いて、クロードの方向へ『自然に』じわじわ近づいていく。
いきなり真っすぐ行ったら不審者だ。五歳でも不審者は不審者だ。
「まりあんな?どこにいくの?」
「あっちに、きれいなお花が飾ってあったから」
嘘だ。
お花はそっちにもある。でも言い訳は必要だ。
セリアは素直だから、理由があればついてきてくれる。
「ほんとだ、きれいなお花!」
セリアが嬉しそうに花のほうを見る。その隙に、私は距離を測る。
あと三歩。二歩。……今。
そして——ちょうどいい位置に来た瞬間。
私は盛大につまずいて、転んだ。
「わっ」
小石があったわけでもない。完全に『転んだふり』だ。
でも五歳の子どもが転んだとなれば、大人たちは必ず反応する。
そして何より——狙いの人物が、動く。
「大丈夫?」
低いのに、まだ少し高い子どもの声。
顔を上げると、クロード殿下が私の目の前にしゃがんで、眉を寄せていた。距離が近い。近いって。
(……直接見ると、本当にかっこいいな)
この年齢にして、すでに顔面が強強で完成している。
ぼんやり感想を垂れ流しかけたけれど、今はそれより重要なことがある。
「ありがとうございます」
私は膝を払うふりをしながら立ち上がって、さりげなく半歩下がる。
代わりに、セリアをそっと引き寄せた。主役はこちら。
「こちら、私の妹のセリアです」
「あ……こんにちは」
セリアが少し恥ずかしそうに会釈する。
クロードはその銀色の髪に目を留め、次に菫色の瞳へ視線を落として——一瞬だけ、目を丸くした。
「きみたちが、双子の聖女の……?」
「私は聖女じゃないですけど、妹のセリアはそうです」
私はさらに一歩引いて、セリアを前に出す。
背中を押すのではなく、逃げ道を塞がない距離。
怖がりの子は、逃げられると思うと落ち着く。
「セリアは、とても優しくて。誰かが困っていると放っておけなくて……でも照れ屋さんで。とっても素敵な子です」
「まりあんな!はずかしいよ!」
真っ赤になって袖を引っ張るセリア。
クロードはそれを見て、ふっと口元をゆるめた。
「仲のいい姉妹なんだね」
「はい。世界一かわいい妹です」
「まりあんな!!」
小さな笑い声が上がる。
クロードの笑顔を見て、私は内心で小さくガッツポーズをした。
接触成功。
ここまできた。あとはこのまま、セリアとの会話を——。
「きみは?」
クロードの視線が、私に向いた。
やめて。二つ目の目的。二つ目の目的。
「え?」
「名前。聞いてなかった」
しまった。
『転んだ子』は覚えやすい。悪目立ちする。
なのに、私は自分から紹介を始めてしまった。うっかり。
「あ……マリアンナです。マリアンナ・ヴェルナー」
「マリアンナか」
クロードは私の名前を繰り返してから、ふっとどこか遠い目をした。
子どもの表情なのに、ほんの一瞬だけ『大人』みたいに見えて、胸がざわつく。
「覚えておく」
その言葉が、後になってから妙に引っかかることになる。
でも、この時の私にはまだわからなかった。
今日の『主役』はセリアのはずだったのに。
なんとなく——クロードの視線が、ずっと私に向いているような気がして。
(気のせいだ。きっと気のせい)
私は自分に言い聞かせながら、セリアの手をぎゅっと握り直した。
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