第五十四話 応接間で、未来が変わる
応接間。
私とクロードが並んで座り、お父様が向かいに座っている。
いつもなら落ち着くはずの部屋が、今日はやけに広く感じた。
お父様が、ぽつりと言った。
「……本当に来るとは思わなかった」
声は淡々としているのに、目だけが落ち着かない。
驚いている。たぶん、喜んでもいる。
「失礼します。クロード・ヴァレンシアと申します」
「わかっている。王太子殿下のことを、私が知らないわけがない」
お父様は少し困惑したような、でも内心は喜んでいるような顔をした。
「ご用件をお伺いしましょうか」
「マリアンナのことが好きです。正式なお付き合いをしたいと思っており、まずご挨拶に伺いました」
言い切る声が、まっすぐで、揺れない。
お父様はしばらく何も言わず、やがて、大きなため息をついた。
「……マリアンナ」
「はい」
「お前は幼い頃から、セリアのことばかり気にかけていた。自分のことは後回しにして」
「……はい」
「それが気がかりだった。いつか自分の幸せも——と思っていたが、まさかこんな形で報告が来るとは」
お父様は、今度はクロードを見た。
「殿下。一つだけ聞かせてください。マリアンナが『セリアのため』ではなく、『自分のため』に選んだお相手が殿下ということでよろしいですか?」
「そう受け取っています。マリアンナ自身の口から直接、聞きました」
クロードが真剣な顔で答えた。
お父様がもう一度、私を見る。
「……そうか。なら、文句はない」
その一言が、胸の奥をほどいた。
お父様がふうっと息を吐く。
「王家とのことは、正式な手続きを経てということになる。ただ——私個人としては、反対するつもりはない。マリアンナが自分の幸せを選んだなら、それを喜ばない親はいない」
「お父様……」
「ただ」
お父様がクロードに目を向けた。
ここからが、本題だという顔。
「殿下。マリアンナは人のためになることに慣れすぎていて、自分が辛い時に言えないことがある。それだけは、覚えておいてください」
「……承知しました」
「その点が守られるなら——お任せします」
お父様が、深く頭を下げた。
「娘をよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お父様とクロードが向き合うその光景を見ながら、目の奥が熱くなった。
胸がいっぱいになる。息が詰まりそうだ。
(泣かない)
絶対に泣かない。
——と思った瞬間、隣の扉が少し開いて、セリアが顔を出した。
「……終わった?」
「聞いてたでしょ」
「少しだけ」
セリアがにこにこしながら部屋に入ってくる。
いつものセリアだ。それに救われる。
「お父様、マリアンナをよろしくお願いしますって言ってた?」
「言ってた」
「クロード殿下、娘さんをくださいって言った?」
「それは言ってなかった」
「え~?殿下ったら」
セリアの言葉に、吹き出すと、つられるようにクロードも笑う。
「セリア……まあいい。今日は皆で夕食を。殿下も一緒に」
「よろしいんですか」
「遠慮しないでください。娘のお相手なら、家族と同じです」
クロードが、わずかに目を細めた。
その表情に、いつもと違う温度が宿る。
「……ありがとうございます」
後からセリアに「殿下、あの時少し涙ぐんでたよ」と言われた。
クロードは幼い頃から王家の礼儀の中で育ち、『家族と同じ』と言われることが少なかったのかもしれない。
その夜の夕食は、騒がしく、温かく——とても良い夜だった。




