第五十二話 好きだと認めたら
静かな廊下に、遠くの歓談の声が届く。
式典の明るさが、ここだけ少し遠い。
私は大きく深呼吸した。
(向き合う。ちゃんと向き合う)
「……好きです」
声は思ったより静かに出た。
逃げない。言い切る。それだけで胸が熱い。
「子供の頃から知っていたわけじゃなくて——殿下が何かを言うたびに、何かをするたびに、少しずつ積み重なっていった気持ちです。気づいたらずっと考えていて、気づいたら顔が赤くなっていて、気づいたら殿下のことが怖かった」
「怖かった?」
「好きだと認めたら、どうしていいかわからなかったから。でも——もう、怖くない」
言い終えた瞬間、頬が熱くなる。
自分で言っておいて、こんなに恥ずかしい。
前世も含めて、初めての感覚。
「……言ってくれてありがとう」
「……どういたしまして」
「三年、待った甲斐があった」
「……三年も待たせてごめんなさい」
「謝らなくていいと言っただろう」
「でも本当に——」
「マリアンナ」
クロードが一歩、前に出た。
私より少し高い位置から、翡翠色の目が真剣に見下ろしてくる。
「正式に、お願いしたい」
「……何を」
「マリアンナに、傍にいてほしい。僕の——」
「殿下」
少し前のめりになって、クロードの言葉を遮った。
怖いからじゃない。今、どうしても聞いておきたいから。
「言いたいことは、わかります」
「……そうか」
「でも」
「でも?」
私はもう一度、息を吸った。
「一つだけ、確認させてください」
「何を?」
「殿下が私を選ぶのは——セリアが恋愛対象にならないと判断して、その次にいた私を、という話では?」
クロードが少し目を丸くした。
それから、ふっと笑った。
呆れた笑いではなく、安心したみたいな笑い。
「マリアンナ」
「はい」
「それは違う」
「……本当に?」
「本当に。僕がセリア嬢を見てきた目と、マリアンナを見てきた目は——最初から全然違う」
クロードは、言い切ってから続けた。
「セリア嬢のことは大切に思っているが、それはマリアンナと同じ、妹を見るような目だ。マリアンナを見る目は——ずっと最初から、別の種類のものだった」
「別の種類……」
「うまく言えないけど」
クロードが静かに言う。
ひとつひとつの言葉が、丁寧に置かれる。
「マリアンナを見ていると、安心する。一緒にいたいと思う。マリアンナが笑うと、自分まで嬉しくなる。マリアンナが怪我をしそうになると、心臓が止まる気がする。——これを『好き』と呼ばずに何と呼ぶんだ、という話だよ」
「……」
胸が、鳴った。もうずっと鳴りっ放しで止まる気がしない。
自分の中の疑いが、少しずつ剥がれていくのが分かる。
「ありていに言えば」
クロードが、はっきり言った。
「セリア嬢を誘導しようとしているマリアンナを見て、その一生懸命さに惹かれた。セリア嬢に会う時のマリアンナの目が好きだった。セリア嬢の話をする時の声が好きだった。——全部、マリアンナ自身に惹かれてきた。セリア嬢は関係ない」
「……」
「わかった?」
「……わかりました」
クロードが一度だけ頷く。
「じゃあ、もう一度聞く」
手を差し出された手が、舞踏会の夜と同じ、まっすぐな手。
あの時より、ずっと怖くない。
「傍にいてほしい。マリアンナに」
私はその手を見て、答えを出した。
(怖くない。もう怖くない)
「……はい」
手を取ると、クロードの手が私の手を包んだ。
温かい。しっかりしていて、逃がさない。
「ありがとう」
声に、確かな温もりがあった。
遠くで、セリアの弾けるような笑い声が聞こえた気がした。
(念力、届いてたよ、セリア)
心の中で言って——それから、ちゃんと笑った。
でも……目の奥が熱くて、視界が揺れて、色々なものが溢れてくるのは止められなかった。
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