第五十一話 逃げずに受け取る気持ち
本当だ。
あの手紙がなかったら、私は今も『自分の気持ち』を見ないふりを続けていたかもしれない。
セリアが転生者だと知ることも、今夜までずっと先延ばしになっていたかもしれない。
「そうか。それなら良かった」
クロードは少し間を置いた。
息を整えるみたいな、言葉を選んでいるみたいな間。
「マリアンナ」
「はい」
「前の手紙に書いたことを、直接言わせてほしい」
頷いた瞬間、手のひらが少し汗ばむ。
心臓が、またうるさい。
クロードの視線がまっすぐ向かってくる。
「マリアンナのことが好きだ」
声で聞くと、重さが違う。
手紙で読んだ時は文字だった。
でも今は、目の前で、声が、視線が、全身でまっすぐに向けられる。
逃げ道がない。逃げたくもないのに、足が動かない。
「……いつから、ですか」
「いつから、か」
必死で声を落ち着かせながら聞いた。
クロードが少し考えながら、言葉を紡ぐ。
「最初に会った時——マリアンナが転んだふりをして、セリア嬢を僕のそばに連れてきた時。あの時は『変わった子だな』と思っただけだった」
「転んだふりって——なんで気づいてたんですか」
「足元に何もなかったから。それでも転んだということは、転んだふりだろうと」
「……子どもの頃から看破されてたんですか」
「その後も、会うたびにセリア嬢を全力でアピールしてくるのが面白くて——ただ、面白いだけじゃなかった」
クロードは少し視線を遠くに置いて、言葉を探すみたいに続ける。
「マリアンナが妹のために、損得抜きで一生懸命になっているのが……なんか、良いなと思って」
「良い、というのは」
「純粋に、この人は綺麗な人だな、と。見た目じゃなくて、生き方が」
「……」
「その気持ちがずっとあって——十四歳の聖祭の頃には、もう普通に好きだったと思う」
「十四歳の時から……」
「その頃のマリアンナに言っても困らせるだけだと思ったから、黙っていた。でも——」
クロードが思い出すように少し笑う。
「待てるとは思っていたが、三年待つと思っていなかった」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていい。マリアンナのペースで良かった。ただ」
「ただ?」
「舞踏会でダンスに誘ったり、毎月手紙を書いたり、学院に視察に来たり——かなりわかりやすくしていたつもりだったんだけど」
「……察するのが怖かったんだと思います」
「察するのが怖い?」
「私には、セリアを幸せにするという使命があって——殿下への気持ちを認めると、その使命から外れてしまうような気がして。だから、ずっと封じていた」
「セリア嬢のために?」
「はい」
クロードはしばらく黙った。
黙って、私を見る。責める目じゃなく、確かめる目。
「……マリアンナ」
「はい」
「正直に教えてほしいんだけど、マリアンナがずっとセリア嬢のことを守り続けてきたのは——セリア嬢のことが好きだから、というのが一番の理由か?」
「……はい。好きだから。でも——」
「でも?」
「それだけじゃなくて……セリアに悲しいことが起きてほしくなかった」
少しだけ言葉を選んだ。
「昔から、セリアが悲しむのが嫌いなんです。セリアの笑顔が見たくて——」
「その気持ちは本物だと思う。でも、マリアンナ自身の幸せは、どうするつもりだったんだ?」
クロードが静かに言った。
声が低い。真面目な声。
「……それは」
「セリア嬢を幸せにすることが最優先で、マリアンナ自身は二の次、ということか?」
「……昔はそう思っていました」
「昔は?」
「今は——少し、違います」
静かに待ってくれている。
急かさない。追い詰めない。
ただ、逃げ道のない優しさで、私が言葉を選ぶのを待っている。
「セリアが言ってくれたんです。私が自分を後回しにするのは嫌だって。私の幸せが見たいって」
「……セリア嬢が」
「はい。それで——私も、幸せになっていいのかもしれないと、少し思い始めた。セリアを幸せにしたいという気持ちと、自分も幸せになりたいという気持ちは、どちらかを選ぶものじゃないかもしれないって」
「そうだと思う」
クロードが柔らかく言った。
その声が、背中を支えるみたいに落ち着いている。
「セリア嬢を幸せにすることと、マリアンナが幸せになることは——どちらかを選ぶ話じゃない。両立できる」
「……はい」
「だから、マリアンナ」
クロードがもう一度、私の目を見た。
「改めて聞かせてほしい。マリアンナは、僕のことをどう思っている?」
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