第五話 「まーま!」と永久機関
一歳になると、なんとなく言葉を喋れるようになってきた。
といっても『まんま』とか『わんわん』とか、そういうレベルだ。
自分の意思を『音』に変換できた、それだけで世界が少し広がった気がする。
それだけでもお母様のクレアは目尻を潤ませて喜んでくれたし、私が「んま」と言い損ねて変な声を出すたびに「まあ……今のも可愛いわね」と大真面目に褒めてくる。
隣でセリアが「まーま!」と呼ぶたびに、クレアが「まあ!」と感激するのも微笑ましかった。
お母様の「まあ!」が増えるほど、セリアは得意げになる。
するとまた「まーま!」が飛ぶ。永久機関だ。
ただし、私には前世の記憶がある。
だから実際の語学習得速度は赤ちゃん並みで足止めされていた——というのは嘘で、むしろ早かった。
前世でも語学学習に興味があった私は、この世界の言語が『大体日本語と同じ感覚』で理解できることに気がついた。
耳に入る音の区切れ方も、語順の感覚も、妙に馴染む。これはおそらく転生補正か何かだろう。
ありがたいけれど、便利すぎて少し怖い。
二歳になる頃には、大人の会話の七割程度は理解できていた。
廊下の向こうで交わされる神官たちの話も、客間での社交の挨拶も、意味だけは拾える。
ただ、しゃべれるかどうかは別の話だった。
口の中がまだ小さい。舌が思うように動かない。息も続かない。
どんなに頭で分かっていても、複雑な言葉は舌がもつれて、結局「ん……あう」としか出てこない。
知っているのに言えない。分かっているのに伝わらない。
(もどかしい……)
でも、子どもとして自然に振る舞うのが重要だと分かっていた。
ここで変に流暢に話したら、間違いなく騒ぎになる。
『この子は賢すぎる』と思われるのは、得より危険が多い。
だから私は、わざと間違えたり、言い切る前に『えっと』を挟んだり、発音できないふりをしたりしていた。
地味に演技力が試される。
一方、セリアのほうはというと——。
「まりあんな!いっしょにあそぼ!」
二歳のセリアが、ちたちた、と小さな足音を立てて私のそばに来て、小さな手で私の手を引っ張る。
握り方が弱いのに、勢いだけはある。
引っ張られるたびに、私の体ごとよろけるのが悔しい。
(かわいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
ファンサが凄い!!!!
心の中で絶叫しながら、私はできるだけ平静を装って「うん!」と答え、セリアの手を握り返した。
柔らかい。温かい。もうだめだ。
セリアは早い段階から、銀色の髪と菫色の瞳という外見的特徴を示し始めていた。
日差しの下では髪がふわりと光って、目の色はまだ薄いのに、ちゃんと菫の気配がある。
小さな顔にそれが収まっているのが反則だ。
一方私——マリアンナは、金色の髪と青みがかった灰色の瞳という、お母様のクレアに近い見た目で成長しつつあった。
ゲームの設定でも、双子といっても外見はかなり異なると書かれていた。
セリアはお父様方の血が色濃く出た、神秘的な雰囲気を持つ見た目で、マリアンナはお母様方に似た柔らかい印象。
実際に鏡で確認しても、確かに私とセリアは顔つきは似ているものの、印象はかなり違う。
セリアのほうがより『聖女らしい』見た目をしていて、私のほうは『普通の貴族の子女』という感じ。
並ぶと分かりやすい。セリアは光の側で、私はその隣の、少し影のある場所——そんなふうに見えてしまうことすらある。
でも、私にはそれで十分だった。
セリアが『聖女らしい』見た目をしているのなら、それでいい。
セリアこそが主役なのだから。
そんな私の複雑な内心などつゆ知らず、セリアは「まりあんな!おそとにいこうよ!」と元気よく誘ってくる。
舌足らずな声で言われたら、断れるはずがない。
「いいよ」
そう答えながら、私は小さく笑った。
握った手を離さないまま、もう一度だけ心の中でクソデカボイスで言い聞かせる。
(この子を絶対に幸せにする!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
それだけが、今の私の唯一の使命だった。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




