第四十三話 妹の『好きな人』宣言
声にした途端、胸の奥がきゅっと鳴った。
嬉しい、って言葉だけが先に出て、遅れて熱が追いかけてくる。
同時に、ずっと握りしめてきた『使命』が、私の喉を締める。
(これじゃ、セリアがクロードルートに行けない……)
(私は何年、何のために——)
「じゃあ、それでいいじゃない。殿下と向き合わないと」
「でも私は殿下とセリアを——」
「マリアンナ」
セリアが静かに言った。その声だけで、私の言い訳が薄くなる。
「私はね、殿下と恋仲になりたいなんて、一度も思ったことないよ。殿下は素敵な方だと思うけど、恋心はない。それはずっと変わってない」
「……でも、あなたには悲しい運命が——」
「前も言っていたけど、悲しい運命って、何?」
セリアがじっと私を見る。笑ってない。逃げない。
その視線に、私の中の『隠し事』が、きし、と音を立てる。
「マリアンナは、私に悲しい未来があると思ってる?」
「……そう聞かれると」
「私はね——」
セリアは私の手を取って、指先を絡めた。温度が伝わる。
「大丈夫。私には、私の好きな人がいるから」
「え?」
頭の中が一瞬だけ真っ白になる。
好きな人。今、このタイミングで。
その言葉の重みが、予想より大きい。
「好きな人……?」
「まだ言えないけど。でも、いるよ。だから、マリアンナが心配しなくても、私は幸せになれる」
セリアが笑った。
いつも見ている笑顔なのに、今日は少しだけ違う。
秘密を抱えた人の笑い方だ。
この顔。知っている。
だって、私が秘密にしていることを誤魔化すとき、きっとこんな顔をしている。
(セリアに、好きな人がいる……?)
予想外だった。
ゲームでは、セリアはここから攻略対象の誰かに惹かれていくはずで、最初からほかの誰かに決まっているなんて展開はなかった。
何より、こんなに近くにいて、そんな気配を感じたこともなかったのに。
私が見ていないセリアの『時間』が、どこかで増えていたのだろうか。
手紙を見下ろす。
『マリアンナのことが好きだ』
文字は、変わらない。紙も、インクも、ただ静かだ。
なのに、読むたび胸の奥が騒ぐ。
(向き合わないと。セリアに、言われた……)
(私がセリアのためにしてきたことを、セリアが『私のため』にほどいていく)
受け止める準備は、まだ全部はできていない。
でも——返事は、しなければいけない。
(怖い、けど……逃げない)
机に向かって返書を書き始めた。
何度も書いて、消して、また書いて。
言葉が薄いと逃げになる気がして、濃いと背伸びになる気がして、どれも落ち着かない。
ペン先が紙を引っかく音が、やけに大きい。手が震えるほどじゃないのに、字が少しだけ崩れる。
最終的に、残ったのはこれだった。
『受け取りました。
学年末に、お会いできることを楽しみにしています』
短い。けれど、今の私の精一杯。
余計な飾りを足したら、嘘になりそうで、怖かった。
封をして、机の端に置いた瞬間、肩の力が抜ける。
送り出してから、私はセリアが横になっているベッドにごろんと転がった。
「……どうしよう」
「どうしたの?」
「あの人のことが好きで、受け取り方がわからなくて、怖くて、嬉しくて、どうしていいか——」
「マリアンナ」
「なに?」
セリアが向かい合って、私の額に軽く指を当てた。
子ども扱いみたいで腹が立たないのが、腹が立つ。
「それが恋愛ってやつだよ」
「……難しい」
「そうだね。でも、今のマリアンナ、すごい可愛いよ」
「嘘……」
しばらく二人で天井を見ていた。
会話の隙間に、布団の擦れる音だけがする。
心臓の音だけは、ずっと近い。
「でも、マリアンナが幸せそうで——すごく、嬉しいよ、私」
「……まだ幸せかどうかもわからない」
「なってる途中だよ、きっと」
「途中……か」
「学年末に、ちゃんと話してきなよ」
「……うん」
星のない夜、私たちは並んで天井を見上げた。
学年末まで、あと三ヶ月。
その時に、私は何を答えるのだろう。
でも——怖くはなかった。
少なくとも、前より怖くなかった。
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