第四十二話 執着を手放して自分の幸せを見つける
三年生になった春、大きな変化が二つあった。
一つは、『影の教団』が壊滅に近い状態になったこと。
クロードが王太子として主導した調査と討伐の結果、教団の主要メンバーが捕縛された。
まだ細胞が残っているかもしれない。
けれど『組織』としての力は、もうほぼ失われたのだろう。
——セリアへの直接の脅威が、大幅に減少した。
それだけで胸の奥の固いものが少しだけほどける。
ずっと肩に乗っていた重石が、ほんのわずか軽くなった気がした。
もう一つは、カロリーナから『話したい』と言ってきたことだった。
久しぶりに二人でバルコニーへ出ると、春先の風が頬を冷やした。
夕日が庭園の木々を赤く染め、学院の白い壁にも長い影が落ちている。
カロリーナは手すりに指先を置いたまま、私を見た。
「決めたわ」
「何を?」
「殿下への気持ちは、諦める」
言葉の意味を飲み込むのに一拍遅れた。
「……急に、どうして」
「急じゃない。ずっと考えてた」
カロリーナは夕日を見たまま言う。
横顔が、少しだけ柔らかい。
「先日、アルバート・ライメン公爵のご子息に、舞踏会でダンスを申し込まれたの。私のことを見て、きれいだって言ってくれて……そういう目で見てくれる人が、いるんだって気がついたの」
「それは……よかったです」
「殿下は私をそういう目で見たことが、一度もなかった。それはずっと知ってたけど——自分に言い聞かせてた。でも、別の目線を知ったら……なんだか、楽になったわ」
「カロリーナ様……」
「あなたがずっと言ってたこと、やっとわかった気がする。義務と恋心は別、って」
カロリーナが、ほんの少しだけ笑った。
勝ち気な笑みではなく、肩の力が抜けた笑みだった。
「それと——一つ、謝りたいの。セリアへの嫌がらせ、ごめんなさい」
「それは私ではなく、セリア本人に——」
「後でする。今はあなたに先に言いたかった。あなたがいなかったら、私、もっと酷いことをしていたと思うから」
「……私は、カロリーナ様自身がそう決めたんだと思います」
「そうかもしれない。でも、背中を押してくれた人のことは感謝したい」
そう言って、カロリーナは手を差し出した。
私はその手を握る。指先が少し冷たい。握り返す力は思ったより弱い。
「それとね。私、セリアには負けないと思っていたの」
「え?」
「でも、あなたには勝てない」
「それは……」
「あなたと、もっと早く出会っていたら友達になれたかしら?」
夕日の中で、カロリーナが笑った。
風が巻き毛を揺らし、その表情が一瞬だけ年相応に見える。
「友達、とは言えないかもしれないけど……顔見知りくらいにはなれる?」
「もちろんです」
ゲームのカロリーナがクロードルートで『執着を手放して自分の幸せを見つける』という展開——それが今、現実に動き始めていた。
(よかった……)
本当によかった。
カロリーナ自身のためにも。
その夜、クロードから手紙が来た。
いつもより厚い封筒で、紙の枚数が多いことが触っただけで分かる。
開いた瞬間、胸が嫌に騒いだ。
今回の手紙は長くて、最初から最後まで読んで——しばらく動けなかった。
そこには、こう書かれていた。
『学年末に、マリアンナに直接伝えたいことがある。会える機会を作ってほしい。
それと、一つ先に言っておく。今まで何度も言いかけて止めていたこと。
もうそろそろマリアンナにも受け取る準備ができていると思うから。
——マリアンナのことが好きだ』
(…………)
読んだ。……読んでしまった。
ちゃんと読んだ。逃げなかった。逃げられなかった。
字面は全部認識した。
でも、脳が処理を拒否している。
胸の奥が熱いのに、指先だけが冷たい。
「マリアンナ、どうしたの?」
セリアが声をかけてきたけれど、私は手紙を持ち、固まって動けないまま。
「……クロード殿下から」
「うん、知ってる。殿下、私にも手紙をくれててね。『マリアンナに伝えたいことがある』って、私にも言ってた」
「知ってたの!?」
「知ってた。——で、どうだった?」
手紙をセリアに差し出す。
セリアは目を通すなり、ぱっと笑って、顔を上げた。
「よかった」
「よかった、じゃなくて——これは、どう……」
「マリアンナはどう思う?」
「どうって……」
「殿下が好きって言ってくれた。嬉しい?」
「……嬉しい」
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