第四話 十六年の猶予、全ツッパ宣言
乳幼児期は、思ったより情報収集に向いていた。
泣けば誰かが来る。
泣けば誰かが話しかけてくれる。
そして泣き止んでぼんやりしていると、大人たちは「赤ちゃんは分からないもの」と油断して、けっこう大事なことまで口にする。
私は神妙な顔をして(赤ちゃんだから神妙に見えるかどうかは謎だが)、耳だけは全力で立てていた。
視界はぼやけるし首も回らないのに、声は案外クリアだ。ありがたい。
「双子ちゃん、ほんとにそっくりねえ」
「でもね、こっちはお姉ちゃん。ほら、少しだけ眉がね」
「名前は……マリアンナと、セリア。祈りの名よ」
クレアの声は柔らかくて、聞いていると安心する。
……が、今は落ち着いている場合じゃない。
どうやら現在の私たちの年齢は、ゲームの時系列から逆算すると、本編開始のだいぶ前らしい。
ゲーム本編はセリアが十六歳で王立学院に入学するところから始まる。
つまり年齢ゼロの今から数えて、十六年以上の猶予がある。
(十六年……)
赤ちゃんの私は天井を見つめながら考えた。
十六年あれば、何でもできる。たぶん。
まずは成長して言葉を覚えること。
次に、セリアと仲良くなること。……まあ双子なので自動的に仲良くなれるはずだが。
え?セリアと仲良くなれるの?無課金で?それファンサ凄すぎない?
あ、いけないいけない。冷静になれ、私。
目標は推しを愛でることじゃない。推しを救うことだ。
そして少しずつ、王太子ルートへの布石を打っていく。
ゲームの本編では、セリアと王太子クロードが出会うのは学院入学後だ。
でも設定では、王家と聖職者の家柄であるヴェルナー家は、幼少期から社交の場で顔を合わせていることがある、と書かれていた。
つまり、本編より早くからアプローチできる可能性がある。
社交の場。挨拶。顔合わせ。幼い頃の印象。——育てられる。最高。
(……でも待って)
そこで私は気がついた。
ゲーム本編では、マリアンナ——つまり私の前身のキャラクターは『幼いうちに亡くなった』設定だった。
ということは。
(私、何かに巻き込まれて死ぬ運命?)
背筋がぞわっとした。赤ちゃんなのに、ぞわっとする。嫌な予感って年齢関係ないんだな。
けれど、よく考えてみれば——前世の記憶を持って転生した私は、すでに『運命のレール』から外れた存在だ。
ゲームのキャラとしてのマリアンナではなく、前世の記憶を持つ別の意識がこの体に宿っている。
だから必ずしも『早死に』の運命をなぞる必要はない。なぞってたまるか。
むしろ、生き延びなきゃ始まらない。
(そうだ。私が生きて、セリアを守る)
赤ちゃんの私は、ぷるぷると拳を握りしめた。
握れた気がした。気のせいかもしれない。
「まぁ!手を見つけたのね!」
私の様子を見たお母様のクレアが声をあげる。
……うん、今それどころじゃない。
思考が散らかるから、ちょっと黙っていて欲しい。ごめん。
前世では廃人と呼ばれるほどゲームをやり込んでいた私には、すべてのルートの知識がある。
どこに罠があるか、どんな人物が敵になるか、どんな事件が起きるか——だいたい全部わかっている。
その知識こそが、私の最大の武器だ。
武器はある。時間もある。あとは私が……寝落ちしないこと、だけ。
セリアを守り、幸せにする。
そのためなら何でもする。
赤ちゃんの私は、また眠気に負けて目を閉じながら、そう心に刻み込んだ。
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