第三十九話 二年冬、聖女誘拐
二年生の冬、『影の教団』が最後の大きな作戦を仕掛けてきた。
それは——『聖女の誘拐』だった。
ゲームの記憶でも、この時期に教団の直接行動があることは知っていた。
でも、場所と方法の詳細が少し違っていて。
私の予測が、外れた。
誘拐の標的はセリア。
そして実行は『セリアが一人になる瞬間』を狙ってくる。
だから私は、その『一人』を徹底的に潰してきた。
どこに行く時も一緒。就寝前に確認。朝は必ず一緒に起きる。
息苦しいほどの同伴を、私は守るためと言い聞かせて続けた。
——でも、ある夜のこと、セリアが体調を崩した。
腹痛で医務室に行くことになり、当然ついていくつもりだったのに、セリアが眉を下げて言う。
「マリアンナも疲れてるんだから、部屋で待ってて。すぐ戻るから」
護衛の騎士が一人ついていたから大丈夫だ、と判断してしまった。
ほんの一度だけ、手を離した。
——それが間違いだった。
三十分後。
騎士が部屋に飛び込んできて、青い顔で報告した。
「セリア嬢が医務室から姿を消しました」
騎士が一瞬、目を離した隙を突かれたのだ。
『ほんの一瞬』で足りる。教団は、その瞬間だけを待っていた。
「セリア!!」
頭が真っ白になる——はずなのに、こういう時だけゲームの知識が冷たく働く。
教団がセリアを連れて行くとしたら——学院の裏手にある旧倉庫。
集合拠点として設定されていた場所。私はそれを覚えている。
「殿下に連絡を!!旧倉庫へ!!」
騎士に向かって叫びながら、一人で走った。
旧倉庫に着くと、中から光が漏れていた。
白じゃない。鈍い、嫌な色の光。
私は考える間もなく扉を押し開けた。
「なん——っ」
男が三人。
教団の男たちが、セリアを囲んでいた。
セリアは腕を縛られ、口も布でふさがれ、身動きが取れず、涙を流している。
その姿を見た瞬間、腸が煮えくり返るのを感じた。
「……姉か」
男の一人が私を見て、冷ややかに言った。
「聖女じゃないほうだ。邪魔をするな」
「セリアを放してください」
「無理だ。大人しくしていれば命は取らない」
「私は聖女じゃない」
「知っている。ただの女に何ができる」
「聖女の力がなくても、聖女の妹として出来ることがある。例えば——」
懐から小さな石を取り出した。
指先で触れると、冷たいのに、心臓の音だけがやけに大きい。
「これを割ること」
「なんだそれは」
「以前、クロード殿下から私専用のものを頂きました」
男たちの顔色が変わった。
一瞬で、計算が走る目になる。逃げ道を探す目。
「割ったら、王宮の騎士が瞬間移動でここに来ます。私が割る前に三人で私を止めようとするか——セリアを放して逃げるか。どちらかです。どうしますか?」
「……」
「五秒で決めてください」
「貴様——」
「いち」
私の声が、思ったより低く出た。
自分でも驚いた。怖いのに、怖さが外に出ない。
「わかった!」
男の一人が怒鳴った。
「逃げるぞ!!」
三人が窓を突き破り逃走するのを見届けると、セリアへ駆け寄り、口を塞ぐ布を取る。
「大丈夫!?怪我は!?」
「……平気。マリアンナ、すごい……」
震えながら抱きついてくるセリア。
私はその体を、腕の中に押し込めるみたいに抱き返した。
温かい。生きてる。
「でも……怖かった……」
「ごめん。一人にした私が悪かった」
「違う、私が勝手に一人で行ったから——」
「どっちの話もあとでしよう。まず外に——」
その時、扉が勢いよく開くと、飛び込んできたのは、クロードだった。
「マリアンナ!!」
「……殿下?」
「怪我は?!」
「ないです。教団の人たちはあっちへ——」
「知ってる。外で騎士が捕まえた。——本当に怪我は?!」
クロードが両手で私の顔を挟むようにして確認してくる。
近い。指先が、頬に熱を残す。
今それどころじゃないのに、反射で呼吸が詰まる。
(え、えっ??)
「マリアンナの顔が青い。本当に——」
「大丈夫です!平気です!——で、でも、セリアが!!」
私が慌ててセリアを指すと、クロードは一瞬だけセリアを確認して——また視線を私へ戻した。
「セリア嬢は無事だな。……でもマリアンナは一人で来たんだろう?なぜ——」
「その……近かったので!!」
「一人で来るな!!」
荒げた声に、私は息を飲んだ。
こんなふうに感情を露わにするクロードを見るのは、初めてだった。
叱責なのに、怒りよりも怖さが滲んでいる。
「……ごめんな、さい」
「怪我がなくて本当によかった。でも——」
クロードは一度、息を整えてから続けた声が、少しだけ震えている。
「怖かった。通報が入った時、マリアンナが一人でいると知って、怖かった」
その言葉の重さに、なにも答えられない。
セリアが、私とクロードをゆっくり見比べていた。
(……セリアに、何を読まれている気がする)
でもそれを確かめる前に、騎士たちが入ってきて状況確認が始まった。
倉庫の空気が一気に『現実』へ引き戻される。
その夜は嵐のように過ぎていき、自分の胸の内を整理する暇もなく。
ただ——クロードが『怖かった』と言った時の、あの声の質だけが、頭から離れない。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




