第三十八話 来なくていい、来なくていい、来なくていい
二年生の秋、クロードが王太子公務の一環として学院を視察に来た。
王族が定期的に学院を視察することは制度上決まっている。
分かっている。分かっているけど——正直に言う。
(来なくていい、来なくていい、来なくていい)
折角、頭が冷えてきたのに。
完全に冷えていたかというと怪しいが、手紙だけの交流より直接会う方が明らかに危険だ。
なのに、来てしまった。来るなと言っても来るのが王太子である。理不尽。
視察を終えたクロードが私を見つけて歩み寄ってきた時、八ヶ月ぶりの再会を「こんにちは」の一言で乗り越えようとした私の試みは、当然のように失敗した。
なぜならクロードが、最初にこう言ったから。
「久しぶりだね。元気そうで良かった」
ごく自然に笑いかけてくる。
(……成長した)
成長した、とは変な感想だ。
でも八ヶ月でクロードはまた少し大人びていた。
十七歳になり、子どもっぽさが完全に抜け、王太子としての風格が出てきている。
肩の線、言葉の置き方、周囲の空気の掴み方。全部。
なのに笑うと、相変わらず少しだけ素の部分が覗くのが——だめだ。
(やめろやめろやめろ)
私は自分の思考を強制終了させた。
今考えるべきはセリア。業務。安全。そう、業務。
「殿下、セリアも喜んでいましたよ。久しぶりにお会いできるということで」
「そうか。セリア嬢にも会いたい」
「では今から——」
「でもまず、マリアンナと話したい」
「……なぜですか」
「手紙の続きを話したい」
「手紙の内容は業務報告なので……」
「最後の方は本の話だったけど」
「……それは殿下が——」
「次のおすすめの本を持ってきてくれたら嬉しい」
「殿下の方が読書量はずっと多いはずですが」
「マリアンナが好きな本を知りたい」
「……」
私はしばらく無言になった。
喉の奥がむず痒い。顔に熱が集まる気がする。
(なんでそんなことを知りたいの!!)
心の中で叫んでも、外には出せない。
だから私は、できるだけ事務的な顔で頷いた。
「……わかりました。後で持ってきます」
「ありがとう。あと——」
「まだあるんですか!」
「セリア嬢との文通も始めたいんだけど、仲介してもらえる?」
(そっちも忘れてなかった!!よかった!!)
「もちろんです!!是非!!」
思わず声が大きくなった。
自分でも分かる。今のは『嬉しさ』が出た。
セリア関連だよね。そうだよね。
「……急に元気になったね」
「それが本来の目的ですから!!」
クロードが少し苦笑した。
苦笑なのに、どこか優しいのが困る。
「マリアンナにとっての本来の目的、か」
「……はい」
「そうじゃなかったら、マリアンナの目的は何だったんだろうね」
その言葉が、妙に意味深に聞こえて——私は本を取りに行く名目で、足早にその場を離れた。
背中に視線が刺さる。
「逃げた」と小声が聞こえた気がしたけれど、聞かなかったことにした。
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