第三十七話 余計な感情
春が来て、私とセリアは二年生になり、クロードは卒業した。
学院を離れ、本格的に王太子としての公務に就くことになったのだ。
——当然、学院での接触はなくなる。
(……よかった。これで頭が冷える)
私は自分にそう言い聞かせた。
クロードが学院からいなくなれば、私の『余計な感情』も収まるだろう。
落ち着いて、本来の目的——セリアを幸せにすること——に集中できる。
……はずだった。
『月に一度、報告書を送ってほしい』という申し入れがあり、それは断れなかった。
名目は、「『影の教団』の動向についての情報共有」。
確かに必要だし、断る理由がない。
王宮側が情報を持つなら、こちらも持つべきだ。
(でも、文通しながら頭が冷えるのか……)
という疑問は、いったん棚に上げておくことにした。
棚に上げるのは得意だ。私は十五年それで生きてきた。
学院での二年目は、一年目より騒がしかった。
まず、『影の教団』の活動が活発化した。
フォスター助教を除去した後も、別のルートで学院に侵入しようとし続ける。
入口を塞げば、窓から入る。窓を塞げば、鍵を作る。しつこい。
次に、カロリーナの嫌がらせが形を変えた。
直接的な妨害は減ったが、セリアの評判を傷つけようとする噂の流布という間接的な攻撃が始まった。
『聖女の力は本物ではない』
そんな噂が流れている、と耳に入った瞬間、私は動いた。
出所を洗う。言っている子を押さえる。誰が裏で糸を引いているか、痕跡を拾う。
そして証拠の形にして、学院長へ渡す。
「マリアンナ嬢は本当に優秀ですね」
「……ありがとうございます」
学院長にそう言われても、もちろん「ゲームの知識があるからです」とは言えない。
だから私はいつも通り、微笑んで受け取るだけだ。
そして、ランベルトとエリオットについては——相変わらず、日々の微調整が必要だった。
「なあ、マリアンナ。セリアって、ダンスは得意か?」
「得意ですよ。でもランベルト殿もダンスの練習を積んでいるんですか?騎士として礼装の場でのダンスは必須なので、よい心がけですね」
——そうやって話を『騎士の必須技能』に寄せて、恋の入り口を薄めたり。
「エリオット殿。セリアへの特訓申し出はありがたいのですが、彼女の師匠は学院公認の方に限定されているので」
——そうやって距離を保つ理由を用意して、二人の時間を減らしたり。
「マリアンナはなんで俺がセリアに接触するたびに現れるんだ」
「護衛の習慣です」
「お前が一番怪しい護衛だ」
……それは正しい指摘だったかもしれない。
でも私は粛々と、セリアの『危険な深入り』を防ぐ日々を続けた。
いい人ほど、バッドエンドへ転がりやすい。それを私は知っている。
そしてその間も、月に一度の報告書に対して、クロードから返書が来た。
『報告書、受け取った。フォスターの後任についての調査結果を添付する。——最近の学院は落ち着いているか?マリアンナは元気か?』
業務報告の文末に、唐突に個人的な問いが混じっている。
私は『はい、元気です』と一行だけ、義務的に返した。
すると次の返書。
『それだけか?』
『業務報告なので』
『業務報告以外のことも書いていい』
『……最近、セリアが魔術の授業で褒められていました。嬉しいです』
『マリアンナ自身のことを書いてほしい』
『……最近、好きな本を見つけました。歴史書です』
『どんな本か教えて』
そこからしばらく、『本の話』の往復書簡が続いた。
気づけば手紙の内容は、業務報告というより、ただの『近況交換』になっていった。
業務報告とは何だったのか、というくらい自然に。
(……これはどういうことなの)
(セリアとの架け橋にならなきゃいけないのに、なぜ私が殿下と文通の雰囲気に……)
封印しているはずの感情が、手紙を受け取るたびに少しずつ緩んでいくのを感じていた。
でも、まだ認めなかった。
絶対に。
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