第三十三話 王太子の変化
学院に入って七ヶ月が経ったころ、クロードの様子が、以前と少し変わってきた。
変わった、というのは——。
私がランベルトやエリオット、アレクシスたちと話していると、どこからともなく現れる、ということだ。
最初は偶然かと思っていた。
たまたま通りかかった。たまたま目に入った。たまたま用事があった。
そういう『たまたま』が積み重なる。
学院は広いし、共有スペースも多いし。
でも、三回続いた時点で『偶然』という仮説は崩れた。
四回目の時点で、私はもう確信していた。
セリアへのフラグのおかげなのか。それとも——
その四回目。
私はエリオットと魔術理論の議論をしていた。
エリオットは口が悪いが、話が面白い。
私とは妙に話が合うかもしれない。
というか、合ってしまうのが厄介だ。
彼にとって私は数少ない、頭で会話できる人間らしく、最近は向こうから話しかけてくることも増えていた。
「第三属性の変換効率は——」
「だから、その前提が古いんだよ。現行の——」
そんなふうに言い合っていたところへ。
「マリアンナ」
背中の後ろから、静かな声。
振り返ると、クロード殿下が立っていた。……いつの間に?足音、消せるんですか?
「あ、殿下。どうされましたか?」
「何を、話してた?」
「エリオット殿と魔術理論について。第三属性の変換効率の話で、面白くて」
「……そうか」
クロードがエリオットを見る。
エリオットがクロードを見る。
空気が、わずかに冷える。
「……邪魔するなよ、三年生」
「邪魔してない。話に混ざっただけだ」
「用件があって来たんじゃないのか」
「マリアンナと話がしたかった」
「は?」
エリオットが眉を上げる。
私も、反射で瞬きをした。
「話が、したかった?」
「うん。学院生活に困ってることはないか、確認したかった」
「……いつも聞いてくれますね」
「セリア嬢とマリアンナのことは気にかけているから」
——なら、セリアの方に行ってくれた方が、クロードとセリアの仲が進展して、私には好都合なのだけれど。
「何か困ってることは?」
「特にないです。……あ、でも先日の聖属性魔法の課題で、一部参考文献が図書館で紛失していて困っているのですが」
「それは今日の放課後、一緒に別の文献を探そう」
「え?」
「図書館に詳しい司書を知っている。紹介できる」
「…………それは、ありがたいですが」
エリオットが私とクロードを交互に見て、「……なんか用が済んだなら俺は帰る」と吐き捨てるように去っていった。
背中が少しだけ尖っている。機嫌、悪い。
「殿下、最近私のところによく来られますね」
「そうか?」
「四回目です」
「数えてたのか」
「数えざるを得ないほど……」
クロードはわずかに口角を上げ、笑いを堪えているみたいな顔で。
「気になるというか……殿下には学院での大事なお仕事もあるだろうし、私のためにお時間を使わせてしまうのは申し訳なくて」
「マリアンナのためなら時間を使いたい」
「え」
「普通のことを言ったつもりだけど」
「普通ではないと思います……!」
思わず声が大きくなると、クロードがくすりと笑った。
笑わないで。心臓が忙しくなる。
「マリアンナって僕以外とは自然に話せるのに、僕に言われると動揺するね」
「攻略対象——ですから」
「攻略対象?」
「なんでもないです!!」
危ない。『攻略対象』は前世のゲーム用語だ。
私は口を押さえたくなる衝動をこらえて、咳払いで誤魔化した。
「とにかく、殿下に特別に時間を使っていただかなくても——」
「嫌か?」
「嫌、というわけでは……」
「じゃあいい」
「私としてはセリアの方に行ってもらいたいのですが」
「マリアンナが嫌でないなら、僕が会いに来ることに問題はないだろう」
言葉に詰まった。
確かに論理的には反論が難しい。
殿下、詭弁が上手い。……いや、詭弁じゃないのか?
「……殿下は、詭弁が上手ですね」
「詭弁じゃない。本音だよ」
翡翠色の目が、まっすぐに私を見る。
逃げ場がない。目を逸らしたら負ける気がして、でも見返せない。
「……」
私は結局、視線を逸らした。
(なんで殿下はそういうことを、さらっと言えるんですか……っ)
胸の奥がうるさい。
落ち着け、落ち着け。
これは殿下の『人を気遣う性格』からくる言動で、私個人への感情ではない。
ゲームでも殿下はそういうキャラだった——。
でも。
ゲームでのクロードは、こんなに能動的にセリアに会いに来るキャラだっただろうか?
クロードルートをプレイした記憶を引っ張り出す。
『好意はあるが自分からはあまり動かない』
『気づかれないように遠くから気にかけるタイプ』
たしか、そういう設定だったはずだ。
なのに今の殿下は、マリアンナのためなら時間を使いたいと、わざわざ口にする。
しかも、現れ方が露骨だ。偶然のふりが雑だ。
(……あれ?あれあれ?)
「マリアンナ?また考えごと?」
「……今日の放課後、図書館の件、よろしくお願いします」
「ああ、もちろん」
私は強引に話を戻すと、クロードは答えながら、やっぱりどこか面白がるような目をしていた。
(ゲームと違う……なんで?)
その疑問は、夜になっても解消されなかった。
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