第三十一話 隣国の王子の道具
入学から三ヶ月が経った梅雨の頃、転入生としてアレクシス王子が来た。
黒髪に金の瞳。確かに人目を引く美貌の持ち主だ。
傲岸不遜、という言葉が服を着て歩いているような印象で、入学初日から『隣国の王子様』としての存在感を、これでもかと振りまいていた。
廊下の空気が、彼の通るところだけ少しだけ尖る。
ゲームでのアレクシスは、最初はセリアを見下すような態度をとる。
けれどセリアの純粋さに触れるうちに変わっていき、最後は政略結婚の犠牲となる——悲恋ルートだ。
セリアの純粋さに惹かれる気持ちは分かる。
ただ、アレクシスに関しては、早急な対策が必要だった。
なぜなら、ゲームの記憶によれば、転入してきた最初の週に——セリアに対して『実験台になれ』と言い放つ場面があるからだ。
アレクシスは隣国の魔術実験に聖女の力が必要で、当初のセリアへの接触動機は『利用』。
もちろん後に変わっていくが、最初の出会いが最悪なのはゲームの通り。
だから私は、その『最初の出会い』を改変する。嫌なイベントは、最初から潰す。
翌朝。
私は早起きして廊下の時間を計算し、アレクシスと『偶然会う』角度で歩いた。
梅雨の湿気で髪がまとわりつくけれど、それどころじゃない。
「お早うございます、アレクシス殿下」
「……誰だ、お前は」
「マリアンナ・ヴェルナーと申します。聖女セリアの双子の姉です」
アレクシスの金色の瞳が、私を値踏みした。
上から下へ。迷いのない視線。腹が立つほど堂々としている。
「双子の、聖女じゃないほうか」
「はい。聖女の力は私にはありません」
「用件は?」
「殿下が聖女の力に興味をお持ちだと伺っています。もしセリアに何か用があれば、まず私を通していただけますか?」
「……どこでその情報を?」
「推測です。隣国の第二王子殿下が転入されるタイミング、聖女が同学年にいる状況——それだけで大体の推測はできます」
アレクシスは無言で私を見た。
沈黙が続くほど、湿った廊下の空気が重くなる。
その沈黙に負けないように続けた。
「セリアは確かに聖女の力を持っていますが、それだけが彼女の価値ではありません。彼女自身として接していただけるなら、私も喜んで仲立ちをします」
一拍置いて、言い切る。
「でも『道具』として扱おうとするなら——私が邪魔をします。全力で」
「……脅しか?」
「忠告です。それだけです」
しばらくアレクシスは私を見つめ、やがて、わずかに口角を上げた。
「面白いな。双子の姉のくせに、なかなか度胸がある」
「セリアの姉ですから」
「……わかった。最初から道具扱いはしない。それでいいか?」
「ありがとうございます」
短いながらも建設的な会話ができたことに、私は内心で安堵した。
ゲームの記憶通りなら、アレクシスは『気に入った相手には誠実』なタイプだ。
最悪の第一印象さえ避けられれば、まともな関係は築ける。
あとは——セリアと知り合う機会を持ってもらいつつ、『恋愛感情には至らない程度』の距離へ調整する。
難しいバランスだけど、やるしかない。
(これが、日課になりつつあるのが怖い)
廊下を歩きながら、私はため息をついた。
セリアを守りつつ、各攻略対象への牽制をしつつ、クロードとセリアの関係を育てつつ——毎日、やることが増えていく。
その時。
「マリアンナ」
声をかけられて振り返ると、クロードがそこにいた。
「……殿下?こんな朝早くに」
「朝の鍛錬の帰りだ。——今、アレクシスと話していたね」
「はい。ご挨拶を」
「何を話した?」
「セリアについての、簡単な話を」
クロードの目が、わずかに鋭くなる。
責めているわけじゃない。けれど、見逃す気のない目だ。
「また一人で動いている」
「……動いている、というほどでは」
「アレクシスは相手によっては厄介だよ。一人で牽制しようとするより、僕に相談してくれたら」
「殿下のお手を煩わせるほどでも——」
「煩わせてくれて構わない」
静かなのに、はっきりした声だった。
「マリアンナがセリアを守ろうとするのはわかる。でも、マリアンナが一人で全部抱えようとするのは——」
一瞬、クロードは言葉を止めた。
迷うように、息を整えるように。
「……好きじゃない」
「え?」
「好きじゃない、というのは——マリアンナが危ない目に遭う可能性があるから」
クロードが少しだけ視線を外した。
雨の匂いが、急に濃くなる。
「一人でやろうとするのは構わないが、せめて事後報告くらいはしてほしい。そうすればフォローできる」
「……わかりました」
「約束してくれるか?」
「約束します」
クロードが満足そうに頷く。
「ありがとう」
その『ありがとう』が、なんとも柔らかいトーンで——私は反射で早足になった。
心臓がまた、うるさい。
(あの人、『マリアンナを守りたい』みたいなことを言ってたけど……絶対に気のせいだよな?)
……後から考えても、やっぱり気のせいじゃなかった。
でも私は、しばらくその事実から目を背け続けることにした。
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