第二十三話 眠れない夜に思い出すのは
十四歳になったころ、私は自分の中の変化に気がついた。
変化、というのは——。
クロードのことを考える時間が、明らかに増えていた。
朝、髪を結んでいる時。
授業の合間に羽根ペンを置いた時。
セリアが笑って走っていく背中を見送った、その次の瞬間。
気づけば頭の片隅に、翡翠色の目が浮かぶ。
(……いや、これは私の目的のためだ)
一人になった夜、枕に顔を埋めて私は自分に言い聞かせた。
クロードのことを考えるのは、セリアとクロードの関係を育てるための『情報収集』と『計画立案』のため。
クロードがどんな人物で、何に興味を持ち、どんな話題で表情が緩むのか。
そこを把握できれば、セリアとクロードを上手につなぐことができる。
私は、そのために考えている。
だから考えているんだ。それだけだ。
……それだけのはずだ。
「……じゃあなんで、殿下が笑った時のことを、いちいち思い出してしまうの……」
思わず独り言が出て、私は枕に顔を押し付けた。
頬が熱い。布がひんやりしていて、余計に自分の体温が分かる。
(いや待って待って待って。これは絶対に違う。私の任務はセリアを幸せにすることで、クロードに惹かれることは任務の妨げになる。だから絶対にそんなことはありえない)
必死に自分に言い聞かせる。
でも、なぜか全然説得力がない。理屈だけが宙に浮く。
そうやって否定すればするほど、先週の聖祭での出来事が、勝手に細部まで蘇ってしまう。
その日、クロードと私は少し話す時間があった。
社交の場でセリアが他の方々と話している間、私は『付き添いの姉』の顔で殿下の隣に立っていた。
影に徹するつもりで。
なのにクロードは、私のほうへ視線を寄せる回数が妙に多かった。
「最近はどう?」
「勉強と、聖女の修業のお手伝いで忙しいです。殿下は?」
「政務の見学を始めた。正直、思ったより退屈じゃない」
「意外です。てっきり退屈に感じるものかと」
「なぜ?」
「ゲームで——」
「ゲーム?」
口から出た瞬間、胃がきゅっと縮んだ。
しまった、と思って顔を上げると、クロードは不思議そうに眉を上げているだけだった。
追及はしない。けれど、その沈黙が怖い。
「……じゃなくて。なんとなく想像で、王族の政務は退屈そうだなと思っていました」
「まあ退屈な部分もある。でも、書類の向こうに人がいるというのがわかってくると、退屈ではなくなってくる」
「書類の向こうに、人が」
「そう。書類に書かれた数字や名前は、みんな実際の人間に繋がってる。それを考えると、一枚一枚の書類が違って見えてくる」
淡々と言っているのに、言葉が重い。
私はその言葉が、不思議と心に刺さった。
ゲームのクロードは『知性的で公正』という設定だったけれど、実際に話してみると、設定以上に思慮が深くて——その視線が、冷たくない。そこが余計に厄介だった。
「マリアンナ」
「はい?」
「さっきから、何か考えてる顔をしてる。何を考えてるの?」
「……殿下のことを」
「僕のことを?」
そこ、聞き返すの!?
私は一拍遅れて息を飲んだ。
言葉を引っ込めようとしても、もう遅い。
「えっ、あっ、いや!……その、殿下がそうやって政務に向き合われていることが、本当に素晴らしいと思って。それを考えていました」
「……ありがとう」
クロードが少し、照れたような表情を見せた。
その表情が——まずかった。
そんなに可愛らしい顔をしないでほしい。
王太子殿下が可愛らしい、などとうっかり思ってしまうじゃないか。
「……」
「マリアンナ、また何か考えてる顔をしてる」
「考えてません」
「嘘だ。マリアンナは考えごとをする時に、少し口が開く癖があるから」
「…………そんな癖、ありましたっけ」
「ある。よく知ってるよ」
にっこりと笑うクロード。
私は反射でそっぽを向いた。耳まで熱い。
視線を合わせたら負ける気がした。
(よく知ってる、って何!!なんで私の癖を把握しているの!!)
という叫びを心の中だけにとどめて、「お気遣いなく」とだけ答えた。
返した声が、少し上ずっていた気がする。気のせいだ。たぶん。
あの時のことを思い出すと、今でも心臓がうるさい。
夜なのに、鼓動だけが騒がしくて、静かな部屋に自分の呼吸が響く。
(……ダメだ、これは完全にダメな方向だ)
私は枕に顔を戻して、深呼吸した。
セリアを幸せにする。それだけが目標だ。
私が誰かに惹かれることは、計画の邪魔になる。
なにより、セリアを裏切るみたいで嫌だ。
(そうだ、セリアのためだ。私個人の感情は関係ない)
そう言い聞かせながらも、瞼の裏には翡翠色が残っている。
隣のベッドから、セリアの寝息が微かに聞こえて、私はますます眠れなくなった。
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