第二話 双子の片割れは、天使だった
赤ちゃん期というのは、思ったより過酷だった。
まず眠い。とにかく眠い。
前世では『眠い』と思ってから眠るまでに、せめて数分は猶予があった。
ベッドに入って、スマホを置いて、ため息をついて——みたいな一連の動作ができたのに。
今世は違う。『眠い』と思った、その瞬間にはもう意識が落ちている。ストン、と。
これは体が勝手にそうなるもので、いくら頭で「情報収集しなければ!」と焦っても無駄だった。
考えをまとめようとしたところで、次の瞬間には暗転。
目が覚めたら、なぜか頬が濡れていて、口の中がからっからで、そしてまた眠い。
お腹が空いたら泣く。
泣いたら誰かが来る。温かい腕に抱き上げられて、ふわりとミルクの匂いがして、口元に柔らかいものが触れる。
眠くなったら寝る。
眠いはずなのに、時折ビクッとしてしまい、なぜか眠れない時もあった。
体が勝手に跳ねて、心臓だけが早鐘を打つ。泣くほどではないのに、落ち着かなくて、また天井を見上げるしかない。
それ以外の時間は、白い天井を眺めているか、目の前に現れた人の顔を凝視しているかのどちらかだ。
近づくと大きくなる輪郭。低い声、柔らかい声。
言葉はまだ分からないのに、音の温度だけは分かる気がした。
そんな単調な赤ちゃん生活の中で、私は少しずつ状況を把握していった。
場所は、王国の聖職者一家——ヴェルナー家の邸宅だ。
窓の向こうからは鐘の音が聞こえることがある。
祈りの時間なのか、日を告げる合図なのか。とにかく、この家は『神』に近い。
ヴェルナー家はゲームでも語られていた。
代々聖職に携わる名家で、今代の当主は王国でも有数の神官。
そして、その妻が——今世の私のお母様親にあたる人物だった。
お母様の名前はクレア。
淡い金色の髪に、温かみのある青い瞳を持つ美しい女性だ。
私を覗き込むとき、いつも眉尻がふわっと下がって、まるで光そのものみたいに笑う。
……眩しいのは、太陽だけじゃなかったらしい。
設定上、セリアの親であるヴェルナー夫妻は『聡明で信心深い、善良な両親』として描かれていた。
実際に会ってみると、確かにその通りで、お母様のクレアは私と——そしてどうやら同じ日に生まれたらしいもう一人の赤ちゃん、つまりセリアにも——ためらいのない愛情を注いでくれていた。
私の頬に触れる指先はいつも優しくて、セリアに向ける声も同じくらい柔らかい。
(セリア……)
最初にセリアの顔を見た時のことは、今でもはっきりと覚えている。
ベッドに並べて寝かされたとき、隣の小さな顔が目に入った。
まだ目も開いていない、ほやほやの赤ちゃん。
なのに、その鼻先や口元の形が、どこか懐かしい。
なにより、その顔——。
(かわいい……!!!)
そう、この子こそがセリアだと確信した。
なぜって、前世で私がゲームの中で見てきたセリアの面影が、この小さな顔にすでに宿っていたからだ。
小さな睫毛の影。ふにゃりとした唇。
泣き方まで、なんだか『彼女』っぽい気がしてしまう。オタク脳、恐るべし。
ゲームのセリアは、銀色の長い髪と菫色の瞳を持つ、儚げで美しい少女。
聖女として人々を癒す力を持ち、純粋で誠実な心を持っている。
でも、その純粋さゆえに悲しい運命に巻き込まれる。
プレイ当時、セリアのことが大好きだった私は、没入しすぎて、彼女が悲しむたびに画面の前で泣いた。
ハッピーエンドルート以外では、大抵なんらかの悲劇が待っている。
分かっているのに、毎回胸が痛くなる。
あの優しさが、報われないのがつらい。
王太子ルートだけが唯一、セリアが本当の笑顔で終われるエンディングだった。
だから——。
(絶対に、セリアを王太子ルートへ連れていく)
赤ちゃんの私は、隣で眠るセリアを見つめながら、静かに誓った。
寝息は小さくて、頼りない。けれど確かに、ここにいる。
この子の未来に、涙のエンドを一つでも減らす。
そのためなら、まずは眠気に負けない方法から探してみせる。
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