第十五話 王太子が、想定より早く来た
その三日間、セリアはほとんど私の部屋から離れなかった。
食事を運んできては「食べて」と言い、スプーンを握って私の口元に持ってくる。
七歳が七歳に食べさせようとするのは、なかなかに不恰好だった。
半分はこぼれるし、本人も真剣すぎて眉間にしわが寄っている。
……でも、最推しに看病してもらえるのは、役得かもしれない。
眠くなったら私のベッドの横に布団を引いて寝たし、私が少し動くたびに「大丈夫?」と覗き込んでくる。
寝返りひとつで確認が入るので、逆に落ち着かない……と言いたいところだけど、言えなかった。
嬉しいのも、本当だから。
「セリア、自分のベッドで寝なよ」
「やだ。マリアンナのそばにいる」
「うつらないかな、と思って」
「毒はうつらないよ」
「そうだけど……」
セリアがふっと息をついて、真剣な顔になった。
普段の明るさが消えて、目だけがまっすぐこっちを見ている。
「あのね、マリアンナ」
「うん」
「私ね、今回のことですごく怖かった。マリアンナが死んじゃったらって、本当に思って——だから今は離れたくない」
「……うん」
「だめ?」
「だめじゃない」
「じゃあいさせて」
「……いていいよ」
セリアがほっとした顔をして、膝の上に本を開いた。
肩の力が抜けたのが、見ただけで分かる。
「読んであげようか、何か。退屈でしょ」
「退屈というより、ぼんやりしてる」
「じゃあお話をしよう。昨日、お庭でね——」
セリアが、ぽつぽつと話しかけてくれた。
庭で見つけた虫の話。母が作ってくれたお粥が美味しかった話。
何の変哲もない話なのに、声が柔らかくて心地よくて、私は聞きながらうとうとした。
(生きてる。まだここにいる)
ぼんやりした頭でそう思った。
転生したのは赤ちゃんの頃で、『生きてる』なんて言葉を改めて噛みしめる必要もないと思っていたのに——今日はなぜか、それがとても重く、とても当たり前じゃないことのように感じた。
マリアンナという器は、本当ならここで死ぬはずだった。
それが——私が入ってきたことで、運命が変わった。
(いい方向に変えていく。まだまだ変えることがある)
そう思いながら、私は静かに目を閉じた。
熱が完全に引いて、起き上がれるようになった翌日。
とはいえ、長く立っていると膝が笑うし、階段なんてまだ怖い。
七歳の体は、回復しても七歳のままだ。
そんな朝、予告なくクロードが来訪した。
門の方がざわつき、使用人が走り回る気配がして、お父様の声が一段低くなる。
使者も寄越さず、供を一人連れただけの『私的な訪問』——そういう形らしい。
お父様は驚きながらも応接間に通した。
「マリアンヌ!殿下が来たって!行ける?」
セリアが告げに来た時、私はちょうど椅子に腰掛けて薬湯を飲んでいた。
自分で座れる程度には戻っている。だから、逃げる言い訳はできない。
「……行ける。たぶん」
手を借りて応接間に向かう。廊下がやけに長い。
扉の前で深呼吸してから入ると、そこにいた。
「マリアンナ・ヴェルナー嬢」
私の顔を見るなり、クロードは静かな声でそう言った。
まだ八歳になったばかりのはずなのに、『ただの子ども』という感じがしない。
背筋が真っ直ぐで、翡翠色の瞳が澄みすぎていて、逆に感情が見えない。
「……本日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます」
「医師の診立ては?」
「おかげさまで、解毒の処置が功を奏しまして。もう熱は引きました」
「そうか」
短い返事。
お父様とセリアが同席していたが、クロードは私を静かに見ていた。
視線が動かない。逃げ場がない。
——でも、その目の奥が揺れているのが分かった。
表情は変わらない。声も穏やかだ。
なのに翡翠色の奥に、整然と収めきれていない何かがある。
(……怒ってる?それとも、心配してる?)
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