第十二話 マリアンナの油断
クッキーの件が片付いてから、三日が経った。
使用人に化けた怪しい人物の正体は、結局わからないまま。
けれど、お父様が手配した魔術師による邸内の調査は無事に終わり、何も見つからず。
隠し部屋も、抜け道も、見知らぬ魔力反応もなし。
念のため警備の人員は増やされて、私とセリアには「知らない人から食べ物を受け取らないように」と何度も言い含めがなされた。
お母様は私たちの髪を撫でながら、笑ってみせたけれど、指先が少しだけ震えていた。
セリアは少し怖がっていたが、翌日には「マリアンナがいるから大丈夫」と言って、いつも通りに笑っていた。
私も『大丈夫だ』と思っていた。
本当に、大丈夫だと思っていたのだ。
クッキーは捨てた。
調べ終わったものは全部破棄した。
使用人への聞き込みも終わった。不審者が邸に潜入した形跡もない。
だから、もう終わったと思っていた。
(甘かった)
気づいたのは、誕生日パーティーから四日後の、夜明け前のことだった。
薄暗い部屋で、ふっと目が覚める。
……寝汗が気持ち悪い。いや、それだけじゃない。
体が、重かった。
七歳の体はもともと前世の感覚からすると頼りない。
でも今朝の重さは、それとは別種のものだった。
鉛を飲み込んだような、内側から押し潰されるような、じわりとした重さ。
息を吸うだけで、胸の奥が熱い。
(……なに、これ)
起き上がろうとした瞬間、目眩がした。
視界がくらりと揺れて、壁の模様が遠のく。頭の奥がじんじんする。
——熱がある。
(熱……?)
季節は真夏。夜も蒸し暑い。
暑さで体調を崩すことは子どもには珍しくない。
そうやって頭の片隅で言い訳を探したけれど、うまくいかない。
これは、普通の夏風邪とは違う。
喉が乾いているのに、水を思い浮かべるだけで気持ち悪い。
指先が痺れるような感覚があって、手のひらに変な汗がにじむ。
そしてなにより——『遅れて来た』感じがした。波が、今から大きくなる予感。
(なんで。何を食べたっけ。水は……昨日の午後、セリアと一緒に中庭で……)
思い返そうとして、頭の痛みに顔を歪めた。
考えるほど、熱が上がるみたいに視界が白くなる。
「マリアンナ?」
隣のベッドから、小さな声。
「……起きてたの、セリア」
「うん。なんか目が覚めて……マリアンナ、顔色が変だよ?」
「……ちょっと、頭が……」
立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。
膝が笑って、床がぐらつく。
「マリアンナ!!」
セリアが飛んできて、私の体を支えた。
七歳同士では支えきれない。腕が震える。
それでも床に倒れずに済んだのは、セリアが必死だったから。
「お母様を呼ぶ!」
「……待って、セリア」
「待てない!!マリアンナの手、すごく熱い!!」
セリアが叫ぶように言って、お母様を呼びに走った。
足音が遠のく。扉がきしむ。
私はベッドの端に座り、自分の手を見た。
確かに熱い。皮膚の下から焼けるみたいに。
この世界にも熱を測る手段はある——魔術的な診断具で、手に当てると体温が色で示される。
でも、今それを持ち出すより先に、頭の奥で『知っている記憶』が引っかかった。
(誕生日パーティー。クッキー。影の教団。遅効性の——)
そして、もう一つ。
(……ゲームでは、マリアンナは早死にしていた)
なぜ死んだのか、詳細はぼやけていたはずなのに。
今、この熱と重さが、その空白を埋めに来ている気がした。
(……遅効性)
そこで、はっきりと気がついた。
ゲームの設定集の中に、こんな記述があった。
『影の教団』は複数の術式と毒物を組み合わせた罠を用いることがある。
特に『遅効性の薬草』を使った毒は、摂取から数日後に発症するため、発覚を遅らせる効果がある。
——クッキーだけじゃなかったんだ。
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