第十一話 クッキーに気を付けろ!
幼少期の間に、私にはもう一つ、絶対に落とせない仕事があった。
『影の教団』への対策だ。
ゲームの中で『影の教団』は、『聖女の力を奪い、自分たちの目的に利用しようとする』いわゆる黒幕集団だった。
表向きは信仰者の顔をしながら、裏で薬草や呪具を扱い、聖女に『接触』する隙を狙う。
彼らはセリアが学院に入学する前から暗躍していて、折を見てセリアに近づこうとしていた。
ゲーム本編でアプローチが本格化するのは学院入学後だが——前日譚的な出来事もいくつかある。
私は寝る前、頭の中でそれを順番に並べる癖がついていた。
忘れないために。先手を打つために。
その一つが、『七歳の誕生日事件』だ。
ゲームの設定集に、こんな記述があった。
『セリアが七歳の誕生日の際、祝いの品として見知らぬ人物から贈られたクッキーに、意識を惑わす薬草が混入されていた。
幸いにして気づいた者がいて事なきを得たが、『影の教団』による最初の接触だったと後に判明した』
私はその一文を、嫌になるほど覚えていた。
だから、私たちの七歳の誕生日パーティーの日——箱に詰められた焼き菓子が次々と運ばれ、甘い匂いが部屋いっぱいに広がる中で。
セリアが見知らぬ使用人から、綺麗な紙に包まれたクッキーを受け取ろうとした瞬間、背中がひやりと冷たくなった。
反射で体が動いた。
「私が食べる!!」
「マリアンナ!?」
「……っ」
見知らぬ使用人が微妙な表情をするのを、私は横目で確かめた。
笑顔の形は崩れていないのに、目の奥だけが硬い。そこに、確信が落ちた。
私はクッキーを受け取ると、いかにも子どもらしく胸に抱え込んだ。
そしてそのまま——誰にも見えない角度で、こっそりポケットに滑り込ませる。
手のひらが汗ばんで、紙がかすかに湿った気がした。
「お父様上、これを調べてもらえますか。なんとなく、変な匂いがするような気がして」
「変な匂い?」
お父様は首を傾げた。けれど、神官としての顔がすぐに引き締まる。
軽い違和感でも見逃さない人だ。そこが頼もしい。
お父様はクッキーを魔術師に検査させると、結果として、微量の薬草が検出された。
意識を惑わす——設定集と同じ性質のもの。
お父様は騒然となり、その使用人を捕らえようとしたが、使用人はすでに姿を消していた。
宴のざわめきの中で、ひとり分の影がすっと抜け落ちたみたいに、跡形もなく。
それ以来、私たちの身辺の警戒が目に見えて強化され、見張りの目が増え、出入りの確認が厳しくなった。
「マリアンナ、よく気がついたね。偉かった」
お父様にそう言われた時、私は「なんとなくそんな気がしただけです」と答えた。
もちろん「ゲームの設定で知っていたから」とは言えない。
言った瞬間、私の存在そのものが『異物』になる。だから黙る。笑って誤魔化す。
でも、この事件で私は一つ重要なことを学んだ。
「知識があるということは、それだけセリアを守れるということだ」
ゲームの設定集をここまで克明に覚えていて、本当によかった。
セリアのために、私の廃人プレイヤーとしての知識が、現実の盾として働いている。
(廃人であることが、こんなに役に立つとは思わなかった……)
なんとも言えない感慨を覚えながら、私は次なる障害の排除に向けて頭を巡らせた。
一つ潰した。次はどれだ。『影の教団』は、きっとこれで終わらない。
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