第一話 推しが妹として降ってきた
最初に気がついたのは、やたら眩しい光だった。
目を開けたつもりなのに、白く滲んだまま焦点が合わない。
次に、自分の体がやけに小さい——いや、軽い?そんな違和感がどんどん押し寄せてきた。
泣いていた。
というか、泣かされていた。
ぎゃあぎゃあ、と自分でもびっくりするほどの大音量が喉から勝手に溢れ出て、肺がひりつく。
止めようとしても止まらない。
なんで泣いているのか。
理由は簡単で、泣かずにはいられないからだ。
空気が冷たい。光が痛い。なにより体が言うことを聞かない。
腕を動かそうとすると、ぷるぷるした小さな手が、わずかにぱたぱたするだけ。
指なんて、握るのも開くのも思うようにできない。
遠くで声がしている。低い声と、柔らかい声。よく分からないけれど、音がふわふわして、意味だけがすり抜けていく。
(……あ)
そこで、ようやく腑に落ちた。
私は今、赤ちゃんだ。
間違いない。
重力に逆らえないずっしりした頭。
自分のものじゃないみたいにぐにゃぐにゃの四肢。
世界は霞んで、誰かの顔も輪郭しか見えない。
新生児。たぶん、生まれたて。
前世でもこんなに無力だった記憶は——ない。いや、あってたまるか。
泣きながら、私は必死で記憶をたぐり寄せた。
前世の私——ええと、名前は……なんだったっけ。
……まあ、今はどうでもいい。
重要なのは、私が社会人二十六歳で、乙女ゲームオタクで、特定のゲーム一作に人生の四分の一ほどの時間を捧げてきた廃人プレイヤーだったという事実だ。
そのゲームの名は、『聖女の涙、君に捧ぐ』。
略称『聖涙』。
いわゆる悲恋系の乙女ゲームで、攻略対象のほとんどが『主人公と結ばれるけど、最終的に何かに巻き込まれて死ぬ』か、『報われない恋で終わる』か。
プレイヤーが大号泣必至の、あの容赦のなさが売りの作品。
泣きながら周回して、泣きながら攻略サイトを見て、泣きながら推しのスチルを保存する——そんな日々を、私は誇りに思っている。いや、誇っていいのかは知らない。
ただし一本だけ——救いがある。
ハッピーエンドルートが、存在する。
そのハッピーエンドルートの攻略対象こそが、王太子——クロード・ヴァレンシア殿下。
そしてヒロインの名前は、セリア。
聖女である、双子の妹のほう。
(……あ、あれ)
泣き声の合間に、思考だけを必死で整える。
セリアには双子の姉がいる設定だ。
名前はマリアンナ。
でも彼女はゲーム本編にはほぼ登場しない。
序盤に『姉は聖女の資質を持たなかった』という設定がさらっと語られるだけで、その後は消息不明。
画面のどこにも出てこない。
公式の設定集では、早くに亡くなったらしい——と、あの冷たい一文があった。
詳しい描写すらない。
『早くに亡くなったらしい』なんて、設定集の一行で片づけられる人生。
……私の人生。いや、今のこれは、人生と呼んでいいのか。
つまり、私は今——。
(マリアンナに、生まれ変わった……?)
確信した瞬間、泣き声が一段と大きくなった。
情緒不安定なわけじゃない。体が勝手に泣いているだけだ。
赤ちゃんって、そういう仕様らしい。理不尽。
でも、正直に言おう。
この涙は、半分は状況への戸惑いで、もう半分は——歓喜だった。
だって転生先が『双子の聖女の姉』ということは。
最推しのセリアと、双子の姉妹ということではないか。
(やばい、やばいやばいやばい!!)
生まれたての赤ちゃんが心の中で絶叫するというシュールな惨事が起きていたが、周囲が知る由もないのが救いだ。いや、救いなのか?
ただ、赤ちゃんの私は泣きながらも、もう方針を組み立て始めていた。
使命は一つ。
最推しのセリアを幸せにすること。
そのために、王太子ルートへ、きっちり誘導すること。
この小さな体で?無茶だろう。
それでも、セリアが涙を流すエンドなんて一つも見たくない。
私が泣くのはゲームの中だけで十分だ。
……だからこそ、やる。
赤ちゃんの私は、声にならない決意を、胸の奥にぎゅっと握りしめた。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




