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今日という日を焼き付けて

 今日という日を、彼は一生忘れることはない。

 人生初めての夜遊びは青年の一八年という短い人生の中で一度も味わったことのないスリルと、一度も味わったことのない興奮と、そして人生で一番の苦い経験をたった一夜にしてもたらした。


「おおおおい! 飛ばしすぎだろお!」


 時刻二十六時過ぎ真夜中のハイウェイ。法定速度度外視の時速一六〇kmで走る厳つい赤のホバーバイクの後ろに跨る水島紅一は、耳をつんざくエンジンの音すら貫通する絶叫を上げていた。

 手入れのされた自慢のショートボブの黒髪は、凄まじい風圧にオールバック状態になっている。


「うっさいわねえさっきから! 少しは静かにできないの⁉」

 

 風に吹かれた銀髪を後ろの紅一の顔もとになびかせて、運転席に座るルナミアは耳元で上がった絶叫に怒りの怒鳴り声をあげる。


「せめてヘルメットくらいよこしてからスピード出せよ!」


「アンタねえ! 二人乗りしてる時点でそんな事言ってんじゃないわよ!」


流星のように流れ消えていく車の間を無造作に走り抜けながらなお喋る余裕があるのは彼女の育ちの影響だが、紅一はそのような余裕など持ち合わせていない。

 既に一時間ものドライブに付き合わされていた紅一はルナミアの運転技術を疑っているわけではない。しかし、初めてのバイク以外に加えたある要素が彼に恐怖を与えていたのだ。


『赤のホバーバイク! 今すぐ停止せよ!』


 つかず離れず上空を飛行する巨大なガンシップ。ヘリの側面に黒い狼のシンボルマークが書いてある巨大なヘリが恐怖の要因である。

 加えて紅一たちの背後からは、無数のサイレンをけたたましく鳴らす大勢の警察車両が民間車両をかき分けながら猛スピードで迫っていた。


「いいねー!オーディエンスも随分集まってきたじゃない」


「言ってる場合かよ! 捕まったら死んじまうって!」


「この程度のチェイスなんてあたしたちから見れば日常茶飯事だよ。貴方もすぐに慣れてもらわなきゃ」


 確かに、今までも街中で響くサイレンの音や銃撃の音は聞こえていたし、ニュースで犯罪組織との抗争が取り上げられているのはよく見ていたし聞いていた。

 しかし実際に目の当たりにした恐怖は想像を上回っていた。


「それより、しっかり掴まってなよ紅一」


「あ? なにを急に――」


 ガクンと身体に強い負荷がかかり、思わず後ろに投げ出されそうになる。大きく体をのけぞらせた紅一は、間一髪のところで何とかルナミアの身体を抱きしめ一命をとりとめる。

 しかし紅一が文句を言おうとするよりも早く、正面から飛んできた小さな物体が彼の頬を掠め通った。

 焼けたような痛みを伴ったそれは視界の端を一瞬で通り抜け、直後に彼の頬から赤い液体を静かに流させる。


「過激なファンのお出ましだよ」


 前方に光るサイレンと巨大なバリケード。そしてその間に立つ武装した警備隊を視界におさめた紅一は、頬を掠めた物体の正体をようやく理解する。


「おいおい、これまずいんじゃないのか⁉」


「言ったでしょ! こんなもん、茶飯事だってね!」


 答えるルナミアの顔は笑顔を浮かべている。うわずんだ声色からもこの状況を楽しんでいるのが伝わってくるほどに、彼女は激しく降り出した銃弾の雨の中でなお笑顔を絶やさない。

 次の瞬間、豪快なアクセル音とともに彼女は背後にしがみつく紅一の首根っこに手を伸ばす。


「舌! 嚙まないように気をつけな!」


 ルナミアの叫び声が聞こえた直後、紅一は自分の身体が羽のように軽くなったのを感じた。一瞬の間に視界が動き、気が付いた時には手足の感覚が、体の自由が一切聞かない不思議な感覚に陥っていた。

 そして自分のお腹の下に見える警備隊の一群を目にしたとき、彼は自分が空中にいること、そしてバイクのペダルの上に立ち上がって手を振るルナミアが自分を投げ飛ばしたことに気づいたのだった。


「......え?」


「あは! ちょっと飛ばし過ぎたかしら?」


 僅か一瞬で小さくなっていくルナミアを見つめながら、高速道路の上空を綺麗な放物線を描きながら飛翔する紅一。

 その飛翔が落下の軌道に入り始めた瞬間に、彼の絶叫がハイウェイの空中で響き渡った。



「ふざけてんじゃねえこのクソ女ー!!!」


 

 


 

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