第19話 姫川と友達
結論から言うとあの日、姫川は中城先輩に振られた。2人の間でどんなやり取りが行われたのかまでは知らないが姫川が振られたという事だけは知っている。
何故その事を知っているのかというと理由は目の前にあるからだ。
「ほんとずっと好きだったんだよ〜!」
「うんうん!そうだよね」
「でも振られちゃったんだよ!」
「うんうん!そうですよね」
「絵理〜!!」
だって今まさに目の前で姫川が振られた事を嘆いているんだもん。しかもこのやり取りは既に5回目なのだ。流石に杏奈と久慈川も返答が棒読みになっている。
「これでも飲んで落ち着いて下さい」
杏奈がそう言ってお茶を差し出すと姫川は久慈川から離れてそれを受け取ると一気に飲み干した。相当喉が渇いていたようだが、あれだけ喚いていれば納得である。
「おかわり!」
姫川はコップを差し出して俺におかわりを要求してくる。なぜ俺に言うのかだって?ここが俺の家だからである。俺は素直にそれを受け取りキッチンに向かう。
何でこんな事になっているのかというと久慈川から連絡があったからだ。
『麻由子の話を聞きたいから場所を貸して!』
いつもなら断るか、ごねる所ではあるが、昨日の今日なので俺はすぐに了承したのだ。
その結果、姫川の嘆きを5回も聞く事になったというわけである。
まぁ嘆いてはいるが取り乱したりはしていないし、塞ぎ込むよりは良いのかも知れないな。
俺はコップにお茶を注ぎながらそんな事を考えるのだった。
「ごめんね、おんなじ事何回も繰り返して」
しばらく嘆いていた姫川だったがようやく落ち着いたようだ。それにしても繰り返してたの自分でも分かってたのかよ。
「全然大丈夫だよ!そんな時もあるって!」
「そうですよ。気にしてませんから。溜め込むよりも吐き出した方が楽になるでしょうし」
さっきまで棒読みだった2人も落ち着いた姫川を見て安心しているようだ。
「黒澤くんもごめんね朝から押しかけて」
「気にするな。迷惑だと思ってたらそもそも了承してないから。それに話を聞いてたのは2人だしな」
そう俺は見ているだけだったのだ。情けないが何て声を掛けていいのか全く分からなかった。
「確かに大輝は見てるだけだったよね」
「そうですね。私たちに任せてくれるのは嬉しいですが、大輝くんも少しは気の利いた言葉をかけるべきだったと思いますよ」
「だよねぇ!」
「え〜!」
「え〜じゃありません。事実なんですから」
どうやら俺が何て声を掛けていいか分かっていなかった事はバレバレだったようだ。
「アハハハハッ!」
そんな俺達のやり取りを見ていた姫川が突然笑い出した。
「黒澤くんめっちゃ言われてるじゃん!」
「不本意だけどな」
「でも確かに声かけてくれなかったよね?」
「ぐっ!」
姫川にも言われて俺は言葉が出てこなかった。
そんな俺を見て姫川はまた笑い出したのだ。
「あ〜めっちゃ笑った!わたし皆と友達でほんと良かったよ!」
ひとしきり笑った姫川は目元の涙を拭いながら
そんな事を言うのだ。そこには先ほどまで嘆いていた時の様な負の感情は見られない。
「私も!」
久慈川は同意すると同時に姫川に抱きつく。
姫川は驚いて目を見開いているが、そんな2人に優しい眼差しを向けながら杏奈も近付くと
「私もそう思っていますよ」
そう言って2人の肩にそっと手をおく。
「ありがと。ほんとにありがとう」
姫川は感謝の言葉を口にすると声を出して泣きはじめてしまった。それは姫川がここに来てから初めて見せる涙だった。
その涙が何を意味するのか俺には全ては分からないけど決して悪い涙ではないはずだ。
彼女は昨日好きな人に振られてしまったのに何故か俺はそう思ったのだ。
たぶん杏奈と久慈川も同じ様な事を事を思っていたに違いない。だって2人とも本当に優しそうな顔をしていたのだから。
俺達は姫川が泣き止むまでそっと見守り続けるのだった。




