第8話 姫川麻由子と黒澤桃子
「智くんが女の人と腕組んで歩いてた」
姫川はそう言ったあとレジャーシートの上で膝を抱えて座り込んでしまった。桃子にも話を聞いたのだがトイレから出て姫川に声をかけた時にはすでにこの状態だったようだ。
どうやら桃子がトイレに行っている間、姫川は外で待っていたらしくその時に中城先輩らしき人物と女の人が腕を組んで歩いていたのを目撃してしまったらしい。
「大輝くん何か聞いていますか?」
「いや何にも聞いてない。てか桃子がいたからバイトは休みにしてもらってたから最近会ってなかったんだよな」
「そうですか」
杏奈はそう言って姫川の方を心配そうに見ている。久慈川と桃子が色々話しかけているが全然反応がないので心配になるのも分かる。
「杏奈は何か聞いてないか?」
俺は姫川に聞こえないように小声で杏奈に声をかけた。中城先輩が女の人と海に来るとしたら尾上さんの可能性が高い。だから尾上さんが海に行く予定があっとのか聞いたのだが、杏奈は無言で首を横に振る。
尾上さんが海に来ているか分からないようだ。
「本当にその先輩だったのでしょうか?」
「姫川の見間違いってことか?」
「見間違えるはずない。あれは絶対に智くんだったよ」
俺と杏奈の会話が聞こえたのか姫川がようやく口を開いたのだが明らかに声に覇気がない。
どうやら思っていた以上にダメージを受けているようだ。それにしても姫川がここまで言い切るってことは中城先輩で間違いないみたいだ。
「智くんが女の人と腕組んでる所を見たら頭が真っ白ななっちゃって。何にも考えられなくなったの」
姫川はポツポツと話し始めた。俺は黙ってそれを聞くしかできない。
「ほんとは分かってたの。妹みたいにしか思われてないって。女として見てくれてないって。でもさっきの見ちゃったら何でもっとアピールしなかったんだろうとか、さっさと告白しとけば良かったとかそしたら少しは意識してもらえたんじゃとか何か頭の中がグチャグチャになっちゃって」
多分だけど色々抱えていたものが出てきたんだろうな。杏奈も久慈川も黙って姫川の言葉を聞いている。
「ごめんね。せっかく海に来たのにこんなんになっちゃって」
「麻由ちゃんは悪くないよ!」
謝る姫川に何て声を掛けていいか分からない俺達と違って桃子が大きな声で悪くないと言い出した。それに姫川も驚いて顔をあげる。
「麻由ちゃんは何にも悪くないもん!」
「桃子ちゃん」
「絶対悪くないんだから!」
桃子は目に涙をいっぱいに貯めている。
「だから謝んないで!麻由ちゃんは優しくて可愛いんだから!謝っちゃだめ!」
とうとう桃子は泣き出してしまった。
泣き出した桃子は姫川にしがみついている。
多分なんで姫川が落ち込んでるのかは分かってないんだろう。それでも自分に優しくしてくれる姫川に元気がないのが嫌だったんだろうな。
「桃子ちゃんありがとね」
「麻由ちゃんは悪くないよ!」
姫川は泣いている桃子の頭を撫でている。
その表情はとても優しい感じでさっきまでの暗く沈んだ雰囲気ではないのでちょっとは落ち着いてきたんだろう。そんな2人を見ていた久慈川が姫川の近くに行くと
「そうだよ!麻由子は何にも悪くないじゃん!それに友達なんだからこの位何でもないし!」
そう言って姫川と桃子を抱きしめている。
「絵理〜!」
今度は姫川が泣き出した。近くを通った人がそれを見てビックリしているが今は許してやってほしい。
「桃子ちゃんは凄いですね」
「先にあれだけ泣かれたら逆に落ち着くよな」
杏奈が俺の側にきて桃子を褒めるので何だか照れくさくておどけてみせる。
「すぐそんな事を言うんですから。でも桃子ちゃんはやっぱり大輝くんにそっくりですね」
杏奈はそう言うと姫川達の方に行ってタオルを手渡している。それを受け取った姫川は杏奈に抱きついている。それを見てホッと胸をなで下ろした俺も皆と所に行くのだった。
「ほらこれ飲んでおけよ」
俺はクーラーボックスから取り出したスポーツドリンクを姫川と桃子に手渡した。だいぶ泣いてたからな。水分補給はしておいた方が良いだろう。
「黒澤くんが優しいと何か変な感じがする」
「わかる!お兄ちゃんが優しいとキモいよね」
お前らさっきまでギャン泣きしてたくせに!
思わず差し出した飲み物を取り上げたくなる。
「でもありがとね」
姫川はそう言って笑っている。まぁ今日くらいは我慢してやるか。
「お兄ちゃん開けて!」
桃子は俺にペットボトルを差し出してくる。
ほんと泣いた後に甘えてくる癖は変わらないみたいだな。俺は蓋を開けてから桃子に手渡す。
「零すなよ」
「わかってるよ!うるさいなぁ!」
「私も黒澤くんに開けて貰えばよかった!」
「お兄ちゃん蓋を開けるのだけは上手だよ!」
どんな特技だよそれ!てか俺の良いところそこなの?
「ほら杏奈も久慈川も水分取っておいたほうがいいぞ」
そう言って飲み物を差し出すのだが2人とも受け取らない。どうした?もしかして俺から受け取るのは嫌なの?だとしたら傷つくんだが?
「私のも開けて下さい」
「私も〜!」
「絵理は自分で開ければいいのでは?」
「え〜!杏奈だけズルい!」
「はいはい!喧嘩しない!」
俺は2本とも蓋を開けてから手渡す。
そんな杏奈と久慈川のやり取りを見ながら姫川は楽しそうに笑っている。
もう大丈夫そうだなそう思っていると姫川が一点を見つめて動かなくなった。
「智くん……」
姫川の呟きに俺はすぐに視線の先を見る。
するとそこには確かに中城先輩がいた。
まじであの人も海に来てたのか!
「え?例の先輩いたの?どれ?」
久慈川も姫川の呟きを聞いたようでキョロキョロしているが中城先輩を知らないので見つけれないようだ。
「あのアロハ着て青色の海パン履いてる人」
姫川がそう言って指を差す。アロハで海に来るとか完全にパリピみたいである。中身は残念なくせに。
「桃子ちゃん!?」
杏奈の声が聞こえたのでそちらを見ると桃子が駆け出していた。あいつ何をしてんだ?
そう思った時にはすでに遅かった。
桃子は中城先輩に向かって走っていくと勢いよく腹にタックルをかましたのである。
完全に油断していた中城先輩はモロにくらってその場に倒れ込んでしまった。
「麻由ちゃんをイジメるな!」
俺たちが唖然とするなか桃子の声だけが響き渡ったのである。




