第5話 父親は余計な事を言う生き物である
「「海だ〜!」」
海水浴場に到着したとたん久慈川と桃子が大声を上げて走り出した。そんな2人を見て俺はため息をつきながら声をかける。
「危ないから走るなよ!あと送ってもらったんだからちゃんとお礼を言いなさい!」
「「は〜い」」
久慈川と桃子は大人しく俺のいう事を聞いて戻ってきた。そしてここまで運転してくれた姫川の両親に頭を下げる。
「「ありがとうございます!」」
「いいのよ。私も若い子たちとお話できて楽しかったわ」
その言葉通り姫川のお母さんは車の中でも楽しそうに皆と会話をしていた。逆にお父さんの方はそんなに会話に入ってこなかったが姫川曰く緊張しているとのことだ。まぁそりゃそうだろうな。男性は7人中2人だけと圧倒的に女性が多い空間だったのだ。俺が姫川のお父さんの立場なら同じように緊張する。
何やら女性陣だけで盛り上がっているので俺はお父さんの方に言ってお礼を伝える事にした。
本当なら海へは電車で来る予定だったのだが、桃子も参加することになり、それを聞いた姫川のご両親が小さい子がいるならと送迎を申し出てくれたのである。
「すみません妹の為に車を出してもらったみたいで。本当にありがとうございます」
「気にしなくていいよ。僕らも喜んでやったことだからね。それに久しぶりに娘と一緒に遠出が出来て妻も楽しんでる」
そう言うと奥さんに優しい眼差しを向ける。
たぶんいい人なんだろうな。そんな事を思っていると
「それにしても君は何というかすごいね」
姫川のお父さんが話しかけてきた。俺は言われた意味が分からずに首をかしげているとお父さんは苦笑いしている。
「娘には男子がいると言われていたんだけど、まさか1人だけとは思わなくてね」
「あ〜まぁ気付いたらそうなっていたと言いますか」
確かに女子の中に男子が1人だけまじっていたら不思議に思うだろうな。しかし上手く説明出来ないので曖昧な返事をするしかなかった。
そんな俺にお父さんは少しだけ目を細めながら
「娘の彼氏ではないよね?」
とんでもない事を言い出した。何を思ったらそんな結論になるんだよ!車の中でも姫川とはそんなに話してなかったというのに!
「違いますよ!付き合ってないです!同じクラスでたまたま仲が良くなっただけです!」
勘弁してほしい!俺は全力で否定したのだが、お父さんは疑惑の目を向けたままである。
俺は何と言っていいか考えていると
「黒澤くん何やってんの?早く行くよ!」
姫川が俺を呼びに来た。助かった。あのままだと疑惑を晴らす為にお宅の娘さんに恋愛相談されているんですと言ってしまうところだった。
「悪い!直ぐに行くよ!それではまた後で」
俺はこれ幸いとばかりにお父さんに声をかけてその離れたのだが、お父さんは俺に疑惑の目を向けたままだ。そんな父親を見た姫川が何があったのか聞いてくる。
「お父さんと何かあったの?」
「まぁ付き合ってるのか聞かれたよ」
「何それ!ほんと何考えてんの!」
「ちゃんと否定はしといたから」
「当たり前でしょ!帰ったらお父さんに変なこと言わないように注意しとかないと!」
あとで面倒くさい事にならない様に俺は素直に姫川に伝えておいた。お父さんを生贄に捧げた形だがおかしな事を言い出したあの人が悪いと俺は納得する事にした。
「おっ来た来た!」
「お兄ちゃん遅い!」
他の皆が待っているところまで行くと久慈川と桃子がそう言いながら俺に荷物を押し付けてきたので素直にそれを受け取る。
押し付けられた荷物を持ちながらクーラーボックスを肩にかけていると杏奈が俺の横にやって来た。
「海楽しみですね」
「そうだな。久しぶりだから楽しみだよ」
「私も久しぶりなんですよね」
そう言って杏奈は俺の方を見てくる。俺は何となく思い付いた事を口にした。
「久しぶりってどのくらだ?」
「そうですね小学生の時ぶりでしょうか」
「なるほどねそりゃ久しぶりだな」
「でも、ここに来るのは幼稚園以来ですね」
その言葉を聞いた俺が口を開こうとすると
「杏奈ちゃーん!こっち来て!」
桃子の大声に遮られてしまった。俺と杏奈は顔を見合せて苦笑いしてしまう。その間も桃子は大声で杏奈を呼んでいる。
「杏奈ちゃーん!」
「はーい!ちょっと待って下さいね」
「早く〜!」
「ではちょっと行ってきますね」
杏奈は俺に断りを入れてから桃子の方に歩いていく。その後ろ姿を見ながら俺は少しだけホッとしてしまった。もしあの時、桃子が大声を出さなかったら俺は何と言っていたんだろうか?
今日は皆で海に来ているのだ。今言うことじゃないよな。俺は頭からさっき言おうとした事を追い出してから押し付けられた荷物を持って杏奈の後を追うのだった。




